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Ch.φ
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【2009/02/01 02:42】 | 未分類
のぼうの城
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【2009/01/08 19:25】 | 未分類
中盤
眼下には信じられないほど透明度の高い海が広がり、色鮮やかな珊瑚礁と、群れを成して泳ぐ魚た

ちが見える。こんな近場にもまだこんな景色があったのかと、僕はため息の出る思いだった。

僕たちの乗った船が目指す島が前方に見える。思っていたよりも大きく、本格的な「冒険」になりそう

だと感じた。隣で身を乗り出している亮介も目を輝かせている。

その島は周囲が砂浜になっており、海水浴場としても充分に機能しそうな白い輪郭が際立って美し

い。しかし、その白い輪郭から一歩踏み込めばそこはすでに森、とでも言わんばかりの深い緑が全体

を覆っている。船からでは島は砂浜の白と森の緑しか確認できず、宝探しをしようにもあの緑の中に

道が存在するのかと問いたくなるほどだった。ヤスや亮介は到着が待ちきれないようで、何やかやと

騒ぎ立てている。しかし僕はこの島に、ある種の違和感を覚えていた。この遥かに広がる青空のも

と、風にそよぐ緑の木々も、照りつける陽の光に輝く白い砂浜も、海の底まで見通せる透明な海も、ど

こか寂しげな感情を孕んでいるように見える。それはまるで作り笑いのように、僕たちを誤魔化してい

るかのように。

この島は、病んでいる。

僕にはそう思えて仕方がなかった。


島には港のような設備は勿論なく、そのため船を寄せるにも限界があった。到着まであと数百mとい

うところで錨が下ろされ、ここから先は他の方法で行くしかなかった。船が止まってから暫くして、ラウ

ンジに集まるようにとの船内放送が流れた。僕たちはすぐさま指示に従ったが、なかには景色に夢中

で動く気配のない人もおり、放送は何回も繰り返された。ヤスはそんな放送を聞くたびに苛立ち、早く

しろよだのこれだから田舎者はだのと愚痴を零していた。実際のところ僕たちも立派な田舎者であり、

先生に怒鳴られてから漸く行動を始めるような怠惰な人間なのだが、ヤスはそんなことお構い無しに

ラウンジへ入ってきた人を片っ端から睨んでいた。先ほど僕たちが騒いでいたステージには黒服が立

っていた。

「えー、皆様お揃いでしょうか」

はーい、とヤスが茶化すような返事をした。僕は恥ずかしくなってヤスの頭を軽く叩く。

「それではこれより島へと皆様を御案内しますが、いくつか注意点や、ルールなどの説明をいたします

のでよくお聞きください。とは言っても口頭では限界がありますでしょうから、資料を一部ずつ配ります

。そちらも合わせてご参照ください」

僕たちは説明そっちのけで資料を熟読した。

【 ◆宝探し◆ ~ルールと注意事項~ 】

◎期間: 8月9日より一週間

◎参加人数: 30人(10チーム)

◎荷物: 私物の持込は一切不可。食料などは支給制で、一日ごとに各チームのスタート地点にラジコンボートで届けます。持ち運びには指定のリュックを使用していただきます。

◎一週間後、宝を所持していたチームの勝ちとなります。それまで宝探しは続行されます。

◎途中棄権などの場合は、定期巡回船に見えるところで待機して下さい。

◎その他、不明な点は回答可能な範囲で指定のトランシーバーにて対応します。

「わかったような、わかんないような…?」

亮介のさっきまでの目の輝きに曇りが生じたみたいだった。誰か詳しく説明してよ、と言わんばかりに

大袈裟に首を傾げている。説明している黒服も配られた資料を読んでいるだけで、特に補足説明をす

るわけでもなかった。

「ま、なんとかなるっしょ。」

「ほんとに?ヤス、どういう仕組みか理解できたの?」

「まぁな」

「うっそだー!?」

「まぁな」

「どっちなのさ」

亮介は困り果てた顔をしていたが、ヤスがとりあえずわかった風を装うのも無理はない。僕だって要領

を得ないような簡素な文章だったし、おそらく周りにだって理解できてない人間はたくさんいるはずだ。

心理的に優位に立とうとするなら、ヤスを見習うべきだと僕は思った。

「ねぇ絶対ヤスわかってないよ。智哉はどう?」

「まぁな」

亮介は肩を落とした。

説明会が終わり、いよいよ船を下りるときが近づいてきた。僕たちも緊張しているのか、なんとなくお

互いに無口になってしまう。黒服に呼ばれた順番にボートに乗り込み、スタート地点へと向かう。威勢

良く返事をして向かうチーム、黙ったまま気だるそうに向かうチームなど、色々いた。僕たちのチーム

はと言えば、威勢のいいのと、意気消沈しているのと、そして気だるそうな僕。どこからどうみても、一

欠片の統率感もないダメチームの典型だっただろうと思う。

僕たちはまるで飛行機にでも乗せられるんじゃないかというような厳重なボディーチェックを受け、持っ

ていた荷物を全て預けさせられた。亮介は母親からもらったというお守りだけはなんとか許してもらっ

たが、彼の愛用しているハンカチは罷り通らなかった。もっとも、ハンカチが無人島でどう活躍するのか

についてはよくわからないが。ハンカチと涙の別れを惜しんでいる亮介を横目に、ヤスはどんどん先へ

進んでいった。僕も亮介を宥めながら後を追った。階段をひたすら折り続け、尚も進むと、倉庫のような

場所に出た。目の前には重厚かつ大きな扉が開いており、その先には海と、そしてこれから向かう島

が見える。僕たちは扉に向かって歩いていく。まるで導きの光に吸い寄せられるようだった。外は風

が強く、下手をすれば海に放り出されそうなほどだ。僕たちは扉から下へと僕たちの身長の倍くらいの

長さの梯子を降りていく。この船には一週間戻れないと思うと、少し怖い感じがした。

全員が小型のボートに乗ると、黒服が「それでは参ります」と言って漕ぎだした。海面に近

いところから見渡す海は殊更に広い。ヤスは海を覗き込んで危うく落ちそうになったりしていた。

「亮介見てみ!?魚!さかな!」

「うん…」

「おいおい始める前からそんなテンションでどうすんだよー。ほら涙拭けって」

「拭くものがない…」

「知ってますぅー」

そういうとヤスは馬鹿にしたように笑う。亮介はさらにしょげた。そんなこんなのやりとりをしているうち

にボートが島に着いた。黒服から指示があったのにも関わらず、さっきまで我先にと先陣をきっていた

ヤスも勿体ぶっているのか降りようとしない。お前先行け、と言われて仕方なく僕が先に降りた。船か

ら見ていた印象通り、ここの砂浜はきめ細かく、さらさらとしている。陽の光を浴びて火傷しそうなくらい

に熱い砂だった。僕たちは日陰まで誘導され、三人分の荷物が入った二つのリュックが渡された。

「いま、この島を取り巻くようにして10チームの方々が一斉にスタートを待っています。各チーム一人

ずつ黒服が担当させていただいております。我々はスタートの合図とともに本部のある船へ戻ってし

まいますので、スタート以後は私は如何なる要求にも応じかねます」

そこで一呼吸おいて、黒服は続けた。

「スタート前になにか聞いておきたいことはございますか?」

「なにか、といわれても全体的によくわからないんですが…」

僕は反射的に答えた。

「まぁ、それは意図している部分もありますので、謎解きと思っていただいて。特にこれといって具体

的な質問などないようでしたら、本部に準備完了の連絡をしてしまいますがよろしいですか?」

「はぁ…まぁ。」

僕らは自信なさ気に頷いたが、黒服は無線でさっさと連絡をとってしまった。

それから少しあって、今度は黒服が無線を受信した。

緊張、不安、高揚が入り混じる。

鼓動が高鳴っていくのがわかる。

いよいよだ。


僕らのいた船から、大きなサイレンの音が聞こえた。それと同時に、黒服がスタートを告げる。

誰からともなく、僕たちは三人で小さな円陣を組んだ。

「頑張ろう。」

亮介もさっきまでとは一転、気合が入ってきたようだ。

「おう、とっとと見つけてやろうぜ」

「じゃぁ行こうか!せーのっ」

三人の息が久しぶりに合った。ここからは協力していかなければいけないが、この分ならやっていけ

そうだ。僕たちはとりあえず様子見も兼ねて島の中を散策しながら作戦を練ることにした。

島の中は、その外見から受ける印象と変わらない森が広がっていた。生い茂る木々は降り注ぐ太陽

光の殆どを遮ってしまっており、真夏の気温を想定した服装をしてきた僕たちには肌寒いくらいだっ

た。道は舗装などは勿論されておらず、草を避けつつ掻き分けつつ歩いていくしかないような獣道だ。

僕たちは拠点となるような手ごろな場所を探して歩き続けた。

それから何分歩いただろうか、ふいに僕たちの目の前にぽっかりと空いた教室にして半分くらいの広

さの空間が現れた。島の中心部に向かって歩いてきたが、ここまで緩やかな傾斜が続いていたことか

ら、おそらく島全体で一つの丘陵を成しているんだろうと想像できた。僕たちは荷物を降ろし、最初の

休憩をとることにした。

「誰にも会わねぇな」

「な~んにもないしね」

宝探しとは言っても、今までの道のりは単なるハイキングに近かった。ヤスと亮介が愚痴を零すのも

無理はないかもしれない。実際僕も、「宝探しをしている、他のチームと競い合っている」という実感が

欲しいという気持ちはあった。歩いてきた距離を考えれば、そろそろ傾斜がなくなって平坦な道になる

か、もしくは他のチームの面々と顔をあわせてもいいようなものだが、そんな気配すらないように思え

る。この島が外見と違う点があるとすれば、そこだ。この島は想像以上に広く、勾配や道などの条件

は厳しい。

「せめて地図とかくれよなぁ…」

「だよねー。宝がどこかより僕たちがどこにいるのかもわからないし…」

「疲れたね」

「あれ、智哉にしてはめずらしく弱音じゃね?」

「いや、当然の感想っしょ。これがあと一週間続くって考えると余計に磨り減るわ」

「わーっ。それ台詞はタブーっしょ!」

「トモくん勘弁してよ~」

「ごめんごめん。」

そうは言っても、一週間なんとかしなきゃいけないのは変えようのない事実だ。せめて地図があれば。

本当にそれだけで大きく展望が開ける。僕たちは僅かな望みを荷物に託し、開けてみることにした。

「あったじゃん。」

「うん、あった。」

「あるにはあったけど…」

荷物の中、食料の下に敷かれるようにあったのは三枚のカードだった。全体を九等分くらいに分けたと

思われる図がそれぞれに描かれており、明らかに全て違う場所であることが読み取れた。三人ともど

ういった配置なのか推理を始めた。

「これは…どこにも海が描かれてないから、たぶん中央だな。」

「向きは?」

「わかんないけど…これ確かトーコーセンってやつだろ。智哉こういうの得意だったよな」

「いきなり無茶振りすんなって。でも歩いてきた感じからするとこうじゃない?」

僕はそういってからカードをくるくる回し、なんとなくしっくりくるところで止めてみた。これが正しいだな

んて保証はどこにもないのに。ヤスも亮介もふーん、とただ納得して残りの二枚について考え始めた。

「この道は…こーで、そうするとこのカードが…」

「でもこれとこれが繋がってるとするとこの部分があんまり…」

ヤスも亮介も「地図パズル」に夢中になってしまったようだった。僕は二人に任せ、ふうっとため息をつ

いた。目の前には歩いてきた道がずっと続いているはずだが、草や木のせいで遠くまで見渡すことは

できない。台車のようなものでもあれば傾斜を利用して一気に浜辺まで戻れないものかと馬鹿な考え

を巡らせていた、そのときだった。僕たちの来た道から少しずれた位置にある、大人では通れないかも

しれないような狭い道の草の根元に、木々の合間を縫うように伸びてきた光を受けて輝く何かを認め

た。人知れず鼓動が早くなっていく。まさかこんな早くとは思いながらも、感情を抑えきれない。

「なぁ…!あれ…なんだ!?」

えっ、と二人が同時に僕の視線の先に注意を向ける。

「どこだよ…あっ」

「嘘!?」

僕たちは恐る恐るその「何か」に近づいた。


果たしてそれは箱だった。

そこが居間であれば懐石料理が、書斎であれば硯がでてきそうな艶のある美しい黒い箱。

この場所には似つかわしくないことは確かな代物だった。

僕たちは歓喜の声を抑えられなかった。

土の中でさえ輝きを失わない重厚な存在感に圧倒される。

「開けてみろよ!」

「やったねぇ!すごいねぇ!」

ヤスも亮介も感情に任せて僕を急き立てる。

僕は心を落ち着けるために深呼吸し、この「希望」に手をかけた。

「早く、早く」

ヤスはさらに急かす。僕はしかし目を瞑り、ゆっくりと蓋を持ち上げた。

「え…」

「なんだよ…これ…」

僕らの目に飛び込んできたのは眩い光ではなく、一枚の紙切れだった。

御丁寧に三つ折りにされた白い紙で、この「希望」には相応しい身なりをしている。

裏切られた気でもしたのだろう、ヤスはその紙を乱暴に広げ、内容を読み始めた。

「んだっつーんだよ、えーと…?おめでとうございます…?」

「何言ってんのヤス?皮肉かよ」

「書いてあんだよ!!読むから黙ってろ!!…えーと…箱の内蓋を開けろ!?」

「内蓋??」

今度は僕がはやる気持ちを抑えられなかった。

内蓋を外すと、外装に負けないくらい重厚で、そして異端な様相を呈した拳銃が出てきた。

僕と亮介はぞっとして一歩後退る。

「ほんもの…?」

「そんなわけないよな…ヤス…??」

手紙の内容を全て読み終えたヤスの顔からははっきりわかるほど血の気が引いていた。

「嘘だろ…?」

亮介が願いにも似た問いを発する。

「…なんて書いてあったんだよ?冗談じゃないぞ!!」

僕は言葉を振り絞って恐怖を紛らわそうとした。

「わからない…」

震えるヤスからようやく出た言葉は、僕らにとって理解しがたい暗号のようだった。

「わからないって何が!?」

ヤスは持っていた手紙を放し、頭を抱えて蹲ってしまった。

僕は手紙を拾い上げ、ヤスの恐怖の根源を追った。


【おめでとうございます】

宝箱NO.3の発見、おめでとうございます。

どうぞ内蓋を開け、中をご覧ください。

箱の中には無作為に入れられた以下の品物のうち、一つが入っています。

・小切手
・乗船券
・回転式拳銃(S&W M29)
・エアーガン
・水鉄砲
・防弾チョッキ
・日本刀
・模造刀
・双眼鏡
・銃弾(20発分)
・特殊レーダーA
・特殊レーダーB

*特殊レーダーA,Bはどちらも同じ機能で、回転式拳銃および日本刀の現在地を示します。


僕らは漸く気づいたのだ。

想像を絶する「何か」の、渦中にいることを。


智哉たちが宝箱を発見するその数時間前のこと。

永田町にいても違和感のなさそうなほどスーツ姿が板についた宮前翔太は、スタートの合図とともに

チームメイトを襲い、二人を殺害していた。翔太はスーツに忍ばせていたスタンガンを使って二人を気

絶させたあと、無表情のまま彼らを殴り続けた。翔太は元々ボクシングジムに通っており、高校でもボ

クシング部に入部した。しかしそこでは相手になるような部員はおらず、半年を待たずに辞めてしまっ

た。翔太の高校は県内強豪校として知られていたから、翔太が同世代の中で如何に飛びぬけて強か

ったかは想像に難くない。翔太の実力からすればスタンガンなど必要なかったが、体力の温存や時

間の節約などに大いに役立ったことは事実だ。問題は、翔太が如何にしてスタンガンを隠し通せたの

かということだが、これは翔太ですら理由がわかっていないのだった。

「ごめんな。でもこれでお前らのくだらない人生は清算できたし、俺も三人分の食料や水を確保

できた。その上、お前らに足を引っ張られる心配もしなくて済む。こうするしかなかったし、これが最善

の選択だったんだよ。」

翔太は二人の遺体をその場に残し、一人歩き始めた。



僕はなんとも言えぬ不安に駆られ、三人が隠れられる場所を探すことにした。僕が宝箱を持ち早足で

歩き出すと、二人はわけがわからないといった顔でついてくる。

「おい智哉!意味がわかんねーよ、なんなんだよこれ!」

「トモくん!?」

「しっ、静かに。こっちだ、ついてきて」

僕はカードに描かれた地図上の道を外れ、茂みの中へ進む。

「ヤスが持ってる紙切れ…たぶんそれは大真面目な文章なんだよ」

「つまり…何!?」

「小切手と乗船券…それに双眼鏡と、後は全部武器だって書いてあるだろ」

「待て待て智哉クン!?エアーガンはいいとして、水鉄砲って武器か?」

「贋物だってバレればね。」

「そうか、誰が何を持っているかわからないんだ!!」

亮介が納得したように頷く。

「その中から何を見つけられたかによって、この宝探しの有利不利が決まるんだ」

「戦えってことか!?」

「もっと野蛮かもよ」

二人の目を見て、僕はこれ以上ないくらい真剣な表情で言った。

「殺し合って、奪い合えってことさ」

二人は暫く言葉を失ってしまった。僕は二人がついてきていることを確認しながら進み、茂みの中にあ

った大きな木の根元に隠れた。荷物を降ろし、幹に腰掛けて話を続ける。

「さっき亮介が言ったように、確かに誰が何をもっているかはわからない。だからこそ、この宝探しは難

しいんだ。例えばそこに書かれている模造刀をもっているチームがいたとする。そのチームが別のチー

ムと対峙したとしよう。そのチームはどうする?」

「模造刀でも殴るくらいできるんじゃねぇの?戦えるだろ。」

「それじゃサルだ。いいか、場合によっちゃ戦いを避けて、しかも食料なんかも調達できるんだ。」

二人は頭の上に「?」が浮き出そうな表情をしていた。

「ヤスが模造刀を持ってると仮定しようか。そのとき、相手が丸腰だったら…どうする?」

「ぶん殴る!!」

「普通はな。でも考えてみろよ、逆の立場だったらってことをさ。」

「えぇ!?自分ならって仮定したばっかじゃん…」

「まってヤス…そうか、なるほど!」

亮介はわかったようだったが、もう一人のために僕は説明を続ける。

「近づいてくる相手が、なにやら刀のような物を持っているんだ」

「刀っていっても模造と…あ!!」

「そーゆーこと。わっかんないんだよ、相手から見たら。そんなに明るいわけでもないし、夜にでもなっ

たら僅かな光を反射していかにも本物っぽく見えるだろうな。」

「でも斬れないことには代わりないだろ?無理やりやんのか?」

「まったく逆だよ。こういうとき、相手は本物の刀だと仮定して行動するはずだ。ここで贋物だと割り切

って突っ込んでくるような馬鹿はいない…と思いたい。」

二人はうんうん、と頷く。

「そうしたら相手との間にはある程度の物理的な距離が保てるはずなんだ。この状態で、交渉に持ち

込む。相手に戦うか、それとも見逃す代わりに食料や情報、武器を譲らせるかをこちらが心理的に優

位な状況で選ばせることが出来る」

「まぁ見逃してもらうほうを選ぶわな。そしたらどーすんだ?」

「斬りかかる。」

「卑怯だよそんなの!!」

「違う、そこまで演技しないと奪還されるかもしれないってことさ。最初からある程度の距離があるか

ら、本気で追いかけなければ逃がせる。戦わずにってのはそういう意味なんだ」

「でもさ…相手が万が一戦うを選んだらどーなっちゃうの?」

「こっちには贋物だろうと刀がある。優位には変わりない。相手の実力を見極めつつ戦って、ダメなら

逃げりゃいい。勿論そういうときの作戦も立てておく必要はあるけどね。」

「相手が本物の刀を持ってたら?」

「簡単だよ、近づかなきゃいいんだ。こちらにすでに贋物がある時点で、もう一本が本物である可能性

はわかりきってる。なら、刀なんて遠くからみても持ってるのがわかる大きさなんだから、その相手か

らは逃げればいいだけ。」

亮介は半信半疑な顔つきだが、一応納得したように首を縦に振る。ヤスはまだ頭が追いついてないよ

うだった。

「それってさ…相手が刀じゃなくて拳銃だったらどうするの?」

「そこなんだよ。」

おい、という視線が僕に集まる。そんな目をされても、僕自身命が懸かっている身で、ここまで整理し

て説明するだけでも大変なことくらいわかってほしいものなのだが。

「わかんないってこと?」

「というか、どうすればいいか、がわからない。実際拳銃なんて使ったことないしさ。エアーガンや水鉄

砲とどのくらい違うのかもわからない。」

それなら、とヤスが僕の持つ拳銃に目配せした。

「俺らの勝ちじゃね?」

「恐怖心に支配されるなよ。これが本物かどうかわからないってさっき自分で言ってただろ」

「でも贋物だとしても相手より優位にたてるって言ってたじゃん」

「拳銃は隠せるから、相手が持っているかどうかで判断できない。」

「エアーガンとか意味ねぇじゃん!!」

「まぁ少なくとも欺くことは不可能かな。」

「じゃぁリアル拳銃を持ってるヤツが最強ってことか」

「いや、そうとも限らない。銃弾には限りがあるから、もし使い切れば無用の長物だ。それに例えば暗

闇でいきなり刀剣と接近戦になったら五分の勝負だろうしな。あと拳銃はレーダーに映るから、最後

の最後でレーダー所持者に逃げ切られる可能性もある。」

「そんなん拳銃捨てればいいだろ?」

「相手がレーダーを持っていることは前提条件じゃない。持っていれば黙って勝てる武器を推測だけで

簡単に捨てるのは惜しいはずだ」

「なるほど、じゃぁレーダー持って逃げてりゃいいのか?」

「小切手も乗船券も素手で手に入れる自信と運があればな。拳銃や刀剣持ってるヤツが小切手と乗

船券も持ってたら相手が何の不自由もなくゴールするだけだ」

「え~じゃぁどうすればいいの~??」

「多く情報を持つチームに、なるべく有利な状況で出会う。これがベストだと思う」

「宝探しはしないってことか?」

「もう少し時間が経ってからだな。今はまだリスクが高すぎる」

「リスク?」

「この宝探しは僕たちを含めて10組のチームが参加してるんだ。当然、開始直後の今は10組30名、

全員がいると思っていい。普通の宝探しならいつまで経っても人数は変わらないから、時間を無駄に

しないためにもすぐに行動に移るべきだろう。でも、ここではお互いが殺意を持った敵として存在してい

る。勿論、僕たちも残りの27人から狙われていると思って間違いない。それなら、"時間が経てば人数

は減る"という要素を考慮に入れて行動したほうがいい。闇雲に出て行って犬死するようなことだけは

避けたいだろ」

「減ったとかってどうやってわかるんだ?」

「まずは日数。一週間で迎えが来るってことは、それまでには決着がついているか、もしくは少人数で

乗船券を取り合うような状況になっているっていう計算だと仮定しよう。そうすれば、早くても日程の半

分が過ぎた3日後か、もしくは全員が行動を焦り始める4、5日後がいいと思う。」

「それまでどうしろと?」

「とにかく食料と体力の温存に努める。」

「でも食料はチーム数分ちゃんと流れ着くって言ってたし、温存する必要あんのか?」

「この島の周囲は地図で見る限り全て浜辺のようになってる。浜辺なんて見晴らしのいいとこに行った

ら一発でアウトだ。それに、誰も"お一人様一点限り"とは言ってない。要は食料も奪い合えってことな

んだよ。だから追加はないと思って今ある食料を極力消費しないで過ごすほうがいい。」

その時だ。僕たちが先ほど通ってきていた道のほうから三人組の声がした。僕たちは申し合わせたよ

うに声を潜める。三人組は特にこっちに気付くこともなく、そのまま通り過ぎていった。三人は僕たちと

同じくらいの年齢だろうか。意気揚々と歩いていた。

「バカだな…殺されるぞ」

「ねぇ…待って」

そういったのは亮介だ。

「食料を確保するなら今日だよ。」

あのなぁ、とヤスが呆れ顔になっている。僕も同じ気持ちだったが、亮介が何かに気付いたのではな

いかと思い、ヤスを制止して亮介の次の言葉を待った。

「今の彼らを見て気付いたんだけど、彼らはまだ気付いてない。自分たちが殺されるかもしれないって

ことに。だってそうでしょ?僕たちはたまたま宝箱を見つけて、中の紙切れを読んじゃったからこんなに

怖い思いをしてるけど、まだ殆どの人にとってはこれは単なる宝探しゲームのはずじゃない。」

そうだ、僕は何を勘違いしていたんだろう。亮介の言うとおりだった。紙切れから受けた衝撃や恐怖

が、僕の思考からここまで冷静さを奪っていたとは思わなかった。

「亮介の言うとおりなんじゃないか智哉!?確かに参加者は30人いるかもしれないけど、まだ何もしら

ねぇやつのほうが多いってのはかなり有力な仮説じゃね?」

「あぁ…ごめん。その通りだ。僕としたことが…」

「ばーか、カッコつけてんじゃねぇ。おまえ一人でやってんじゃねぇんだっつの。まぁ何はともあれ、そう

と決まれば浜辺へGOだな。他のヤツが武器を手にする前に、早いトコ辿り着いちまおう」

僕と亮介は目を見合わせた。ヤスは一人でどんどん歩いていく。そのスピードはまるで開始時刻その

ものだ。目標さえ明確になれば、自然と元気が沸いてくるなんていうどこかの会社の社訓にでも

ありそうな言葉そのものがヤスだった。

「ちょっと待てよヤス!どこ行くんだ!」

「へ?浜辺って言っただろ?他にどこ行くんだよ!」

「いま行っても食料はないに決まってるだろ!!」

「え?…あ。」

「戻って来い、バカ。」

小走りにヤスが戻ってくる。いくら目標が明確化されたとはいえ、ここまでずっと歩いてきている身だ。

さすがのヤスも最後は肩で息をしていた。

「じゃ、ハァ、一体、ハァ、どう、ハァ、するんだよ?ハァ。」

「奪うしかないってことだよね。」

僕は亮介の意図するところを了解していたが、やはり彼が暴力的な表現を口にすると驚いてしまう。

僕とヤスは普段から比較的そういう台詞を口にするから冗談として通用するが、亮介のそういう一言

には現実感というか、重みがあった。

「ホントにそういうことになっちまうのか…」

「あぁ、亮介の言う通り、そうなるんだと思う。躊躇っている時間もない。宝探しするためにまず"狩

り"をする。全員、覚悟しなきゃだな」

幸い日も傾いており、もう少し待てば狩りにはうってつけの暗闇になるだろう。僕たちは、申し合わせ

たように深呼吸をした。

太陽は沈み、朱い余韻が西の空に微かに残るのみとなった。僕らが予想していた完全な暗闇になる

ことはなく、目さえ慣れれば数十m先でも見えそうなほどだった。これほどまでに月明かりを頼れる存

在だと感じたことが今までにあっただろうか。僕たちにとって月明かりは夜空を彩る飾りの一つに過ぎ

ず、また古文の中に出てくるそれは過剰表現としての認識でしかなかった。暗闇という仮定で練って

いた狩り作戦を適宜修正し、僕たちは息をひそめるように草陰に隠れていた。

「てか、まずコレって絶対に本物なのか!?」

「エアーガンなら普通、弾を下から入れるはずだろ?ところがコレはそういう部分を取り外せそうな構造

じゃない。水鉄砲にしては重すぎるし、それにしたって水を補給する場所がなきゃおかしい。」

「とは言っても確信はないんだよね?」

「んーまぁね。確かめる方法はあるっちゃあるけど…」

「本物なら一発を無駄にしちまうよな。」

「そゆこと。」

「で、これからのこのこ来たやつで確かめるんだろ?」

「そうなの!?」

亮介は思わず声を張り上げた。しーっ、と僕が言うと、申し訳なさそうに膝を抱えた。勿論、僕が暗くな

るまで二人と相談していたのは違う作戦だった。所謂「カマかけ」に近い脅しを試してみるつもりで、詳

しい動きについても数パターン考え、ケースバイケースで実行しようと三人で合意にまで到ったつもり

だったのだが、何故だかヤスには伝わっていなかったらしい。一方亮介も、「奪う」だなんて台詞を残し

ておきながら、やはり元々が僕たち以上の怖がりかつ心配性とあって、内心は相当に滅入っているよ

うだ。こんな調子だと、いざという時に団結できない可能性がすこぶる高い。僕はもう一度二人に確認

しておかないとまずいなと感じた。僕も含めて、恐怖心はあるのに、何故だか生命の危機はそれほど

感じていない気がするのだ。僕は可能な限りの速さで頭の中に散在する考えの断片をかき集め、そ

れらを整理する。僕自身何を言っているかわからなくなってしまってはどうしようもないことは、未だ短

い人生の中でも充分に実感しているつもりだ。そういえば、言いたいことを整理してから述べるという

図式自体は、父親と何とかコミュニケーションをとりたいと思うところから僕の中に取り入れられたんじ

ゃなかっただろうか。関係が乾ききっていることは心のどこかで感じながらも、それでもなお僅かな可

能性を信じて色々と考えていたんだなぁと我ながらに思う。そんな風に感慨に浸っていると、不意に遠

くの方で誰かの話し声がした。

楽しそうな笑い声。月明かりがぼんやりとその声の主たちを映しだす。おそらく、僕たちと同じくらいの

年齢だろう。何にも気兼ねすることなく、この宝探しの旅を満喫している様子だ。その歩調には少しの

迷いもない。思いのままに宝を目指して歩き続ける彼らは、まさに箱を見つけてしまう前の僕たちに似

通う姿だった。その姿が次第に近づき、輪郭をはっきりとさせてくるにつれ、僕の心の中には安堵と、

そして幾ばくかの同情が芽生えていた。もし僕たちが箱に接触することなく今を迎えていたら、きっと

彼らのように振る舞っていただろう。そして何も恐れることなく、この絢爛たる見事な月を眺めながら深

い眠りに堕ちただろう。本当のことを言えば、今でもそういう思いが強く、このまま何も考えずに大の

字になって眠りたい。しかし恐怖は僕の心を蝕んでしまっており、その思いを遂げることはできそうに

なかった。それだけに僕には彼らが羨ましく、妬ましく、そして悲しい。この島で無知であるがゆえに不

幸なのか、はたまた知ってしまったがゆえに不幸なのか、それを判別する術は僕たちにはなかった。

彼らの足音が聞こえるほどの距離になった。作戦に忠実に動くなら、まず僕が彼らの行く手を塞ぎ、時

間差で後方にヤスと亮介が回りこむはずだった。だが、僕の体は頑なに動かなかった。彼らが僕たち

の目の前まで来ようという時も、まったく動けない。ヤスも亮介も不思議そうに僕のほうを見ていた。彼

らが僕たちの前を通り過ぎていく。会話に夢中なようで、僕たちに気づくことはなかった。辺りはまた静

まり返り、幽玄な夜が僕たちを包んだ。

「おい…大丈夫か?」

ヤスが動けなくなっていた僕を気遣う。その声で漸く我に返った僕は、気づけば信じられないような汗

を掻いていた。亮介も心配そうに僕を見ている。

「だ、大丈夫。ごめん、作戦失敗…」

「一体どうしたんだよ!?俺がミスったかと思っちまった。」

「どうしたんだろう…わからない。」

本当にわからなかった。彼らが一歩、また一歩と近づいてくる度に、僕の中の安堵が影を潜め、代わ

って同情が、彼らの無知に対する同情が強まっていった。それは悲しいという感情でもあり、その一方

で彼らの無知をこの島の…否、僕たちの希望と捉えてしまう感情でもあった。結局僕は、奪うことや殺

すことはおろか、姿を現すことすらできなかった。一番この状況に怯えていたのは僕かもしれないと思

った。

「気にすんな、俺もびびってたから。」

「うん、トモくんがホントに動いたらどうしようって思ってた!」

二人も嫌な汗を掻いていることがなんとなく伝わってくる口調だった。彼らの本心であろう言葉を聴くこ

とが出来た僕は、随分と救われた気持ちになった。

「ま、安心して寝れるのも実は今日だけって話じゃね?」

「そーだよ。全部忘れて寝ちゃえばいいよ!」

僕の望みは、二人にとっても同じだったということか。そう思いながら、荷物を放り投げ、僕らは適当な

場所で横になった。勿論、月がよく見える場所で。一日目の夜は予想外に平和に、そしておそらく

三人が最も望む形で更けていった。

二日目。僕は蝉の鳴声で目を覚ました。朝日はまだ頭上にはなく、特に蒸暑いという印象もなかっ

た。ヤスも亮介もまだ起きていない。僕は辺りを見回して、安全を確認しながら周辺と地図とを照合さ

せていった。地図の範囲で歩いてきたとはいえ、夜は周りがよく見えなかったため自分たちがどこに

いるのか、その正確な位置までは把握できなかったからだ。僕たちの持っている地図は正方形になる

ように九枚が配置されているわけだが、そのうちの左上、中央、右下の三枚を僕たちは所持してい

た。それによれば、どうやら僕たちは右下からスタートして中央の地図を踏破しようとしていた。亮介が

地図を見ながら自分たちの現在地を確認しながら歩いてくれているおかげで、僕も安心して歩けた。と

は言っても、周りに異変がないか常に緊張を解いてはいけないのだが。ヤスは相変わらず意気揚々と

僕らの前を歩いている。昨夜の一件で何かが吹っ切れたのか、もしくは明るい日差しのお陰で見通し

がよくなり油断しているのか、とにかく見ていてどこか頼もしい「気がする」背中だった。ヤスは気持ち

良さそうに鼻歌を歌いながら歩いていたが、突然止まってこちらを振り返った。物凄く怪訝な顔つきをし

ていたので、僕と亮介は嫌な予感がした。

「おい…」

「どうした?」

「下り坂だ…」

僕はヤスが何を言いたいのかわからなかった。しかし、亮介の顔は見る見るうちに崩れていき、今に

も吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。

「あーそういうことね!ごめんねヤス、そりゃそうだよね」

僕はまったく蚊帳の外だった。

「ちょっと待てよ。どういうことだよ?」

「智哉、まだわからんのか。」

ヤスは失望の目を向けてくるし、亮介は一人で納得している。僕は一向にわからない。もったいぶって

ないで早く言えよ、と段々苛立ちすら感じていた。

「俺たちは今、坂を上ってきたんだぞ。」

「そうだな。」

「で、下るんだぞ。」

「意味無いじゃないかって?」

「そうじゃねぇ!!この島のど真ん中に到達することなしに下れるかってことだ!!」

「はぁ?」

「お前の右を見ろ。まだ上のほうに斜面が続いている。ここはてっぺんじゃないんだ!」

「そうなるな。」

「馬鹿野郎、頂上まで行ってこそ男だろ!!」

呆れた奴だ。そんなこと考えるチームは他にもいるはずだし、頂上なんて見晴らしのいい場所にいたら

格好の標的になってしまうのは目に見えている。勿論反対というか、論外だ。

「そんなとこ危ないに決まってるだろ!!」

「知るか!そこに宝があるかもしれないじゃねぇか!!」

「ありきたりすぎてねーよ!」

「まぁまぁまぁ。いいんじゃない?行くなら今しかないんだしさ。まだ大丈夫でしょ?」

「さすが亮介、話がわかるねえー」

「まぁ僕も行ってみたいからね。いいでしょトモくん?」

僕はやっぱり蚊帳の外らしかった。

頂上はやはり見晴らしがよく、ずっと遠くの方には海も見えた。目の前には寝転がりたくなるような野

原が広がり、遠足にもってこいの光景だと思った。

「なぁ、ここで昼飯にしよーぜ。」

「いいね!ピクニックみたい!」

「そ、そうだな。まぁお腹もすいてきたしね。」

そういって見たものの、やはり僕の脳裏には危険という文字が何度も過ぎっており、警告するサイレン

が胸の辺りで鳴っていた。見る限り宝箱のようなものはなさそうだが、すでに誰かが持っており、まだ

この周辺に潜伏している可能性もなきにしもあらずだ。それを考えると、どうしても落ち着いて昼飯など

食べていられないのだが、蚊帳の外にいることを自覚した僕に何が言えるわけもなかった。

「おい智哉、そんな怖い顔すんなって。メシがまずくなんぜ?」

「いや、フツーだよフツー。第一このメシうまくねえだろ。」

「空腹は最高のなんちゃらって言うだろ?俺には御馳走にしか見えない」

「まぁ味はともかく、こんな場所で食べられるのは嬉しいよね。特等席って感じ?」

「あぁ、まあそりゃそうかもね。」

そう頷くと、ヤスが遠くの方をみて固まった。今度は本当の意味で嫌な予感がし、果たしてそれは的

中した。僕たちの座っている場所の対角線上、野原と森の境目辺りに三人組が腰を下ろしたのだ。ど

うするんだよ、という顔でヤスが僕を見ていた。

「ヤス、そんな怖い顔すんなって。メシがまずくなんぜ。」

彼らは僕たちと同じように与えられた食料を広げ、ピクニックもどきをはじめた。全くといっていいほど警

戒心がない。ただ、こちらが特に作戦などを用意していたわけでもない。僕らは不審な感じにならない

ように作戦会議を始めた。

「どーすんだよ?隠れて待ち伏せとかできねーぞ?」

「そーだね、回り込んだりとかはできない。だから正面きって脅しにかかるか、もしくは友好的に近づい

て騙し取るか、どっちかで行こうと思う」

「もうそんなにチャンスもないもんね…」

「騙すってどうやるんだ?」

「とりあえず打ち解けた感じになって、相手が油断した隙に盗むとか、脅すとかね。」

「結局脅すんじゃねーか。」

ヤスはそういって呆れた表情をしたが、六人分の食料を持ってコソコソ逃げることに無理があるのは明

白で、なんだかの武力行使は不可避だと僕は考えていた。問題は、如何にして自然に近づくかだ。相

手が全くの無知であったとしても、少しの気配もださないほうがいい。相手がなんだかの宝を見つけて

いるなら尚更だ。

「もし戦うことになりそうだったら、基本的に僕がリーダー格のやつを拳銃で脅して交渉する。二人はそ

れぞれ一人ずつ動けないように抑えていてほしい。」

「わかった、任せろ。それで、今はどうする?」

「とりあえず彼らの仲間に入れてもらおう。三人で挨拶しに行って、少し会話に入れてもらえればいい

と思う。口実はお互いの情報交換ということで。」

「そしたら?」

「たぶん誰かが小便にとかいってその場を離れると思う。その数的有利な状態のときに勝負をかけ

る。」

「誰も離れなかったら?」

「強攻策しかないかも。まぁ状況をみて考えるさ。指示はそのときに気づかれないように出すから。」

「はい、わかりました!」

「了~解。じゃぁとっとと行こうぜ」

そういって僕たちは立ち上がり、彼らに近づいていった。またも、緊張感が増していく。自然になれと思

えば思うほど不自然な立ち振る舞いになってしまう気がした。

「智哉、荷物置きっぱでいいのか?」

「最初から会話に入れる前提でいって断られたらどーすんのさ。まずは許可を求める、そのためにカ軽

い挨拶のノリで行く。」

「な…なるほど。あれ…二人しかいなくね?」

そう言われて僕は前方に目を凝らした。確かに二人しかいない。

「さっきまで三人いたよな?」

「いた。」

「まずいな、急ごう…」

向こうのほうで二人が手を振っている。僕たちも振り返し、挨拶を交わす。思ったよりもすんなり輪の中

に入ることができた。僕たちはさっそく任務モードに移る。

「もう一人の方はどうされたんですか?」

「あぁすいません、用を足しにいってまして…。皆さんとお話ししたくてこちらから御挨拶に伺う予定だっ

たんですけど、我慢できないから先に行ってくるというんですよ。もうじき帰ってくると思います。」

「まじっすか?俺らもちょっと話したいなと思ってたんすよ!いやぁ奇遇っすね!」

それから軽い自己紹介をして、僕たちはすぐに打ち解けた。相手は長野県出身らしく、

僕たちより一つ上の中学三年生だという。ヤスと馬が合うようで、会話が弾んでいた。

「へー君たち東京なんだ!めっちゃ都会じゃん!」

「いや、東京っすけど周りは畑ばっかなとこなんすよー」

「うちの近くより断然都会だって!」

「そうっすか?やっぱ東京って憧れたりするんすか?」

ヤスにここにいてもらい、僕と亮介は荷物をとってくることにした。

「あ…れ…?」

振り返った先に、置いておいた荷物が見当たらない。

僕がそう口にするのとほぼ同時に、もう一人が帰ってきた。

「あー、こんちは。」

僅かに緩んだ口元が全てを物語り、空気が一瞬で変わる。罠を仕掛けて待っていたのは向こうだっ

た。

「ごめんね、長閑な夏休みだったのにね。でも知ってるかい?この宝探しの本当の目的を。」

ヤスと亮介が僕に目線を配る。舵取りを任せられたらしい。

「ど…どういうことですか?」

僕は、牧歌的住人を演じることにした。

「月並みな台詞だけど、君たちの食糧は全ていただいたってことさ」

ヤスと亮介の後ろに二人がぴったりつく。どうやら考えていることは同じらしい。

「嫌に決まってるじゃないですか、なんでそんなこと…」

「断る権利は君たちにはないんだ。」

そういって、先程戻ってきた一人からリーダー格の彼が武器を受け取る。

拳銃の形をした武器。

僕はこの初陣となる戦いの勝利を確信した。

「そんなもの…どうやって持ち込んだんですか!?」

「これ?…拾得物であり収穫物。変な箱に入っててさ。」

「そんな馬鹿な!」

「教えといてやるよ、これが宝探しってやつだ。」

勝ち誇った顔が滑稽で仕方がない。彼らは緊張を完全に解いており、形勢逆転できる万全の

態勢が整っていた。他の二人もヤスと亮介をマークしてはいるが、特に動きを封じているわけでも

ない。僕は動揺を装ってきょろきょろと視線を泳がせながら、三人のうち裏で僕たちの荷物を運んでい

た一人の顔を見た。したり顔を崩さないところからすると、特に僕たちの荷物の中身まで

は見ていないようだ。

「他のチームに嗅ぎ付けられると今後動きづらい…早く諦めてくれ。君たちを殺したいわけじゃない。」

「僕たちもです。」

彼らは意味がわからないという調子で顔をしかめた。

「それ、贋物ですよね。」

彼はやれやれと言った表情をしてため息をつく。

「悪いけどこれは遊びじゃないんだ。何なら手紙も見せてやろうか?全部わかるぜ?」

「結構です。読みましたから。」

僕は腰の辺りに忍ばせた本物を突きつけた。彼の表情はみるみる硬直し、文字通り開いた口がふさ

がらない状態だ。

「下手に動けば撃つ。ヤスと亮介はその二人をうつ伏せの状態にして、着てる上着

を使って後ろ手で縛っとけ。」

「で、遊びじゃないんだよね…?」

そういって僕は彼に近づいた。彼は持っていた贋物を手放し、反射的にそうなってしまうものなのだろ

うか、手をあげていた。僕は一歩一歩ゆっくりと彼に近づいていく。彼の表情がどんどん歪んでいく。僕

は今までに感じたことのない、不思議な感覚の中にいた。

人を制するという感覚。

勝利を目前としたこのときを、ずっと楽しんでいたいという感覚。

そこに居る。

僕ではない、「俺」がいる。

自分が圧倒的優位にいるこの悦楽。窮地に追い込むことができたという達成感、そして相手の恐怖に

満ちた反応。それら全てが普段の僕を奪っていく。銃口を突きつけ引き金に手を掛けるだなんてこと

を、まさか一切の手の震えもなしにできるだなんて。何より驚くべきは、おそらく、いま僕が笑っている

と言う事実だ。感じている高揚感を抑えることができないどころか、僕はもっと強い刺激を求めていた。

手元を小刻みに上下させ、銃を撃つフリをする。その度に相手の顔はこれ以上ないほどに強張り、そ

して恐る恐る目を開けては、撃たれていないことに瞬間安堵し、また次の恐怖に蝕まれていく。

「…っ?智哉っ!?」

僕の中の異変を感知したヤスが後ろから呼びかけてくる。しかし、いまの「俺」はそんな声にはお構い

なしに目の前の標的に照準を定め、弄んでいる。

「や…嫌だ…死にたくない…」

必死に搾り出す声。その悲壮感溢れる声は「俺」の中に素晴らしい音楽として響いてくる。そして、そ

の音源を支配することに興を見出す。彼の口を強引に開け、中に銃を突っ込んだ。映画などで見たこと

があるシーンを実現できている自分に陶酔する。彼はいよいよ目を開けられなくなっていた。流石にお

かしい、と思ったヤスが間に入ってくる。

「智哉待て、もういいだろ。」

僕は突っ込んでいた銃口を渋々下げた。

「うぁ…もう…助け…」

喋ることが辛うじて可能になった彼は、すがる思いでヤスに訴えかける。ヤスも立場上は敵なのだ

が、「俺」と比べれば天使のように見えるのかもしれない。ここまでやれば、ヤスが如何なる条件を提

示しようとも、生き延びる為なら彼は従うだろう。精神的苦痛は充分すぎるほど与え、僕は任務をまっ

とうできたことは間違いなかった。その一方で、あと一歩のところで獲物を逃したような気分の「俺」も

いた。ヤスが間に入っているとはいえ、まだ「俺」は僕の心を支配している。僕が自分の精神状態をコ

ントロールできなくなれば、いつ引き金がひかれてもおかしくない。微かに残る僕としての心が、「俺」

を必死の思いで抑えていた。ヤスは予定通り、彼と食料譲渡の交渉をはじめた。

「俺らはさ、別にあんたの命なんかに興味はないんだ。」

彼は嗚咽ともわからないような気弱で微かな声で返事をした。

「まぁわかると思うけど、お前らがさっき受け取ってたメシあっただろ?」

「わかりました、譲ります…だから」

映画のスクリーンのなかで行われていたような遣り取りが実際に繰り広げられていることに「俺」が疼

く。もう一度銃口を突きつけてやりたい衝動に駆られる。ヤスは立ち上がって、彼から遠ざけるように

僕を二、三歩下がらせた。

「落ち着けって、もう充分だから。」

僕は相当落ち着き払っていたつもりだったが、顔にでも出ていたのだろうか。亮介も心配そうに僕を見

ていた。

「よし、じゃぁ今から三十秒やる。その間に俺らの視界から消えてくれ」

「は、はい…はい…」

そういうと彼は覚束ない足取りで草の生い茂る斜面を下っていた。

僕の中の「俺」も、次第に勢力を弱めたようだった。


僕は苛立っていた。

誰に、ということではない。ただ窮地に追い詰めた獲物を寸前で逃したような甘さに対する怒り。

しかし自分に矛先は向かず、かといって止めたヤスに対するものでもない。僕の中の「俺」が、なぜ仕

留めておかなかったのかと僕に問い詰めてくるような感覚。「俺」の問い詰めに対してはっきりと対抗

できない僕。

「あいつらを逃がしたせいで、他のチームに情報を与えちゃったかな…」

僕はため息混じりに言った。

「まぁ仕方ないんじゃん?俺でもそうしたと思うし、実際使えないっしょ、拳銃とか」

「拳銃を使っても、音でばれたかもしれないしね」

僕はわからなかった。「俺」の存在のようなものが二人にもあって、それらが僕に罵声を浴びせている

かもしれない。表面上取り繕ってくれているが、正直、自分のとった行動を二人はどのように思ってい

るのだろうか。二人を信じないわけではないが、先頭にたっていたにも関わらずこんなに煮え切らない

自分を申し訳なく思う一方、こんなことなら二人のうちどちらかがが前に立てばよかったのではない

か、何故ヤスも亮介も一歩引いたんだ、という気持ちもあった。僕はなるべく二人から離れて前を歩い

た。二人は黙って後ろを歩いていた。正確にはわからないが、少なくとも30分以上はそうしていたと思

う。僕の頭の中はそれでもすっきりとしないままだった。



「早く荷物を置いてここから去れ」

「嫌だと言ったら?」

「撃つ。」

「なら殺してくれ」

僕たちは驚きのあまり「えっ」という言葉を揃って漏らしてしまった。正気の沙汰とは思えない発言だ。

命乞いをしないばかりか、殺せと言っている。何かの聞き間違いではないかと自分の耳を疑った。し

かし彼は臆することもなく、ただ僕のほうをじっと見つめている。その堂々たる様は、追い詰められた人

間のそれとはかけ離れたものだった。

「殺せ。」

彼の物静かな眼が僕を捉える。

一瞬にして気圧される。

同世代とは到底思えない重さと冷たさがある。

けどその重さも冷たさも何一つ確固たる物はない。

僕が、そういう風な誤解をしているだけかもしれない。

人が発する雰囲気の重さや冷たさは、人の何を量れるのだろうかと、思う。

「早くしたほうがいい。いま俺たちを追い詰めておいて、他の誰かに狙われないとも限らない」

確かに彼の言うと通り、ここには安全地帯が存在しない。どんな災難に見舞われた後でも、

決して気を抜くことはできない。災難に秩序などないのだから。

静寂が時を埋めてゆく。僕たちの早い心拍が対照を成している。

「キミは…」

彼の目は僕を通り抜け、遥か海を眼差している。

「キミは何故そんなに急ぐ?」

彼の視線が彼の足元に落ちる。

「俺はアマチュアなんだ」

「え?」

「アマチュア。プロじゃないってことさ」

「どういう意味?」

「俺は4人兄弟の三男坊でね。父親は大手企業の幹部候補、母親は専業主婦。」

彼は堰を切ったように話し始めた。

「兄は長男が東大の法学部を経て司法の道へ進み、次男はアメリカに留学中。冴えない俺は高校受

験にこそ成功したもののそこで力尽き、今は目標すらない惰性な生活が続いてる。俺の家族はみん

なプロなんだ。社会人としてのプロ、主婦のプロ、学生のプロ。みんな己の人生をしっかりと歩んでい

けるプロだ。どの背中を見ても格好いい人たちだったよ。俺もそういう環境で育ち、一生懸命勉強や学

校の活動に取り組んだ。だけど俺の道は途絶えた。俺はプロを目指していたが、それがなんのプロな

のか、そんな基本的なことを考えていなかった。」

追い詰められているのは自分たちのほうではないか、との疑念にかられるほど彼の声色には凄みが

あった。俯いて、悲しげな笑みすら見せるその表情が、まるで仮面であるかの如く。

「キミには弟もいるんだろう?弟はどうしてるんだ。何もキミだけが焦ることじゃない」

何故自分がフォローに回っているのか判らないが、咄嗟に出た台詞だった。

「弟は…亡くなった。」

そう言った彼の表情から微笑が消える。

「あいつは中学受験に失敗した。なんてことない区立の小学校出身だったから、中学受験のために

塾に毎日のように通った。友達や教師からは学校というコミュニティを大事にしない異端者として

疎まれていたみたいだけど、あいつは家族というコミュニティで自分を律するためにはそういう声は気

にも留めなかった。度重なるいじめにも弱音ひとつ吐かず、ただ家族の背中を追い続けた。」

心なしか、彼の声が少し上ずっているように聞こえる。僕たちは身動き一つとれなくなっていた。

「結局あいつは公立中学校に入った。小学校と半分以上が同じメンバーだからね、酷い言われようだ

ったらしい。もちろんその中学校ではトップだったが、もはやあいつには成績なんて関心事ではなかっ

た。そして周囲からの罵倒や自身の葛藤に後押しされて選んだんだ、死っていう道を。でも俺はあい

つを責められない。あいつは死をもって己を律した。その人生がなんたるかを決定的にした。だから、

そういう意味であいつもプロさ。俺はついに弟にまで後塵を拝まされることになった。」

自己の崩壊ではなく、その存立のために死を選ぶ。僕たちには到底辿り着かない結論だ。

「俺は両親や兄の背中に近づけないばかりか、弟に手を差し伸べることもできず、結果として先を越さ

れることにすらなってしまった。本当に頭が割れそうだったよ…どうしたらいいのか、まず今自分のい

る場所からどうやって次の一歩を踏み出せばいいのかわからない。自分の部屋からリビングまでの行

きかたで躊躇するのさ、信じられるか?玄関で靴を履くことすら意識的にじゃないとできない。俺の不

幸は、学校に行けば友達がいたことだ。弟と違って同じように受験を経験し、同じような学力を持つ人

間が集まってた場所だから、特に極端な摩擦もない生活が送れる。刺激も葛藤もない。死のうだなん

て考えが浮かんでくる要素がないんだ。俺は弟のようにはなれない。」

「それで…死のうと思ってここへ?」

「いや、死ぬことが目的だったら自殺で済む話じゃないか。第一、ここで命を賭ける事になるとは島に

到着するまで思ってもみなかった。結果的に死と隣り合わせになる機会を得た俺には好都合だったよ

うに思えるけどね。俺は、自分を律するためにここへきた。自分が何者であるのか、巨万の富を手に

入れるだけの器量が俺にあるのか。友達は質の悪い詐欺だからって俺を止めたけどね、そんなことど

うでもよかった。俺は己を推し量るべく来て、いまこうして君たちに追い詰められた。」

銃を構えた手が震えている。不死のゾンビ兵よりも屈強な敵が目の前にいる。彼の発するあらゆる台

詞は引き金に異様な重さを加え、ビクともしない。

「自分を律するための戦いのうちに死ねるならば悔いはない。さぁ、俺を殺せ。」

手の震えは止まらず、銃を持っていることすら精一杯だった。

「できないなら銃を貸してくれ。自分でやる」

そう言って歩み寄ってくる彼の姿に僕は思わず銃を落としてしまった。慌てて僕は拾おうとするが、

体が動いてくれない。

「智哉、早く拾え!!俺たちが撃たれるぞ!!」

僕はそれを聞いてはっとした。目の前の敵が完全に殺意を失っているものと勝手に思い込み、自分が

置かれている決して安全ではない立場を忘れていた。すぐに銃を拾おうと無理やり体に言い聞かせた

が、すでに彼は銃を握って僕を見下ろしていた。僕は腰を抜かしたようにその場に崩れ落ち、恐怖の

あまり体の芯まで冷え切っていくのがわかった。彼は銃を見つめている。

「いざこうして銃を手にしてみると…迷いが生じるもんだな。」

銃口が僕に向く。僕はもう避けることすらままならない。

「君たちにもいつかくるかもしれない…こういう決断を迫られる時が。こんな葛藤、俺の人生に今まで

あったかな…。ありがとう君たち、俺はいま幸せなんだと思う。君たちの命も大事だが、俺は俺の人生

のためにこの場面を飾りたい」

銃口の延長線上から僕が外れる。それそのまま彼に向く。彼の人生のために…。

「俺は、ようやく人生のプロになれる」

乾いた銃声が僕らのアマチュアな生命に響き渡った。


夕空は見事な朱色に染まり、射し込む光は僕たちの顔に生気を戻してくれるかのようだ。

静かに落ちゆく太陽を見ていると、此処が学校帰りのいつもの通学路のような錯覚を受ける。

この先に自分の家があって、夕飯があって、比較的安全な寝場所が確保されていて。

此処に来る前、僕の生活は満たされているとは言えないものだったけれど、此処にいると、どこかで

誰かがその生活でさえも手に入れることができず四苦八苦している現状が確かにあるような気にさせ

られる。生まれついた環境の違いだけで、人の価値観は大きく左右されことを痛感する。

生きること自体の意味を日々考えながら過ごすという次元の感覚を初めて垣間見たあとで、僕たちは

身も心も疲れ果て、つかの間の休息を求めていた。僕たちは先ほど一戦を交えた場所から100mも離

れていない道の途中でへたれこんでしまった。常に危険と隣り合わせの状況下、一つでも判断を誤れ

ば命の保証はない。本来ならもっと確実に安全な場所を探すべきだろう。しかし、それすらも怠りたく

なるほど、僕たちの神経はすり減らされていた。誰ともなく座り込んだ三人は、もはやお互いの「自殺

行為」を咎めるだけの力も残っていなかった。

「俺ら…ここで死ぬんかなぁ」

沈黙を破ったのはヤスだ。

「おい、それは言っちゃダメだろ」

「だってさぁ…どう考えたっておかしいだろ、この企画。法律とか全く無視だろ?だったら、俺らが勝ち

残れるかすらわからない上、勝ち残ったとしてもさ、本当に帰れるかどうかもわからないわけじゃん。

だいたいこんな雑然とした場所で主催者とやらは外から全員の生死を確認できんのか?そのまま放

置プレイって可能性も充分考えられるし」

「やめてよもう…」

亮介はか細い声で訴え、体育座りの姿勢のまま俯いてしまう。亮介にしろ僕にしろ、もちろんヤスの

言うことは一度は脳裏を過ぎっていた。ただ自分の無意識の部屋の中に抑えこんでいたそれを無理

やり意識へと引っ張り出されると、それだけで頭が一杯になり一層滅入ってしまう。

「ヤスの言うことは確かだよ。でもそれを言ったところで何も変わらないし、死ぬなんてことを意識した

ら前に進みづらくなるだろ。」

「バーカ。この状況で死を意識しねぇ方が変だろ!それとも何か、死ぬとか殺すとかはタブーだっての

か?無茶いうな、目の前で人が死ぬような事態に巻き込まれてんだぞ!ここじゃ普段通りの思考回

路で物事判断してる人間ほど不自然だっつの!」

ヤスは立ち上がり、周囲を見渡すようにその場で一周した。

「よっし、この5分の休憩は奇跡だぜ。これ以上いたら確実に夜行性の連中の餌だ。とりあえず完全

に暗くなる前に寝床だけでもあたりをつけようぜ」


「人生にゃ…心地よい音楽と従順な女…そしてありったけの酒がありゃいい…そう思わねえか?」

そういった男は180cmほどの身長だが、体育会系を思わせる体格は男をさらに大きくみせている。無

地のタンクトップに迷彩のカーゴパンツで、腰に帯刀しているが、それが「日本刀」であるか「模造刀」

であるかはここからではわからない。何せ、服装ですら色までは確認できないような僅かな明るさだ。

そしてもう一人の男は160cm台前半くらいの身長だが、この距離からでも明らかに肥満とわかる体型

をしている。チェック柄のネルシャツにクリーム色のチノパンツで背中にはリュックサックを背負い、何

故かそこにポスターのようなものが刺さっている。所謂オタクなんだろうか。そして、この男もまた帯刀

していた。お互いに帯刀しているとなると、「日本刀」所持者のほうが圧倒的に心理的優位にたってい

るのは言うまでもない。問題はどちらが真剣かという事。さすがのレーダーも、そこまで詳細な位置は

示してくれないから、あとは自分たちの目で確かめるしかない。

「クソっ…どっちだ…亮介わかるか?」

「無理だよ~」

「お互いにまだ出方を窺って刀を納めたままだから区別できないな…。どちらの顔にも動揺の色は見

えないけど、それでもどちらかはこの時点ですでに追い詰められてるはず…」

「わかんねぇけど、なんとなくあのデブのほうが本物を持っててほしいよな」

「確かに、迷彩ってだけで強そうだよね」

僕がそう答えると、横で亮介も大きく頷いた。向こうではその迷彩の男とオタクらしき男の駆け引きが

続いている。

「うほっ、リア充ですか!!きんも~っ」

「はっ、僻むなクソブタニート。悪かった、てめぇにゃ関係ねえ話だったな」

「心地よい音楽と従順な女…フヒヒッ、ミクたんですね、わかります」

そういうとオタクらしき男は抜刀し、剣先を相手に向けた。どこの漫画で仕入れた知識かはわからない

が、その姿は信じられないほど様になっている。

「随分と威勢のいいブタだ」

迷彩の男も刀を抜く。こちらは構えるというよりは自然体に近い。完全に喧嘩の態勢だ。二人の間は

およそ3~4mどちらかが斬りかかればすぐに詰まる距離だ。僕たちも固唾を呑んで二人の勝負の行

方を見守る。離れている僕たちにまで緊張が伝わってくる。時が止まったかのような静寂な光景、そこ

へいたずらに吹き込む一陣の風。その風が切先を撫でた、その時。

「でやあぁぁっ!!」

オタクらしき男が自らの刀を振り上げて真っ向から斬りかかる。瞬間、迷彩の男が低く屈み、相手の

太刀筋を見極め、胴を斬って抜ける。

「ああぁぁっ!!」

オタクらしき男は自分の左わき腹を押さえて蹲ってしまう。しかし、出血しているようにはみえない。

「う、う~っ。この不良め、僕をなめるなよ!!お前のが贋物だってのはわかりきってんだ!」

そういって立ち上がり、再び構え直す。そして今度は間髪いれず、構えのまま突進していく。迷彩の

男はそれでも自然体を崩さなかった。

「卍解!!」

と、わけのわからない台詞を叫んで斬りかかる相手に、静かに迷彩の男は言った。

「確かに、俺の刀は贋物だ」

迷彩の男の言葉が聞こえているかわからないほど、オタクらしき男はがむしゃらに刀を振り回す。

「けどな」

本人もどこを斬っているかわからないような乱れた太刀筋、それを迷彩の男は全て見切ったように受

け流す。オタクらしき男は次第に動きが鈍くなり、最後の力を絞って振り上げた。

「俺の存在だけは…贋物じゃねぇんだ」

月の光を散らしながら日本刀が宙を舞う。

そして、たった一太刀。迷彩の男が振った首筋への一撃は、贋物とは思えない「切れ味」で、オタクら

しき男の命を絶った。男は断末魔の叫びとはこのことかというような悲痛な叫び声を暫くあげた後、静

寂の光景の一片と化した。


「生きることは簡単だ。現代社会は生活保護だとかがあるし、特に手段を選ばなければ誰でも還暦を

迎えられるんじゃないかって程にね。ほんの半世紀前までは『お国のために』って命を投げ出してたよ

うな民族が、今じゃ医療制度がどうだの保険がどうだのって騒ぎ立ててる。大衆社会ってのは雪崩み

たいなもんなんだろうな。些細な何かが発端で、景色が一変するほどの変化を生み出す。それも信じ

られないくらい短期間でね。」

「何をごちゃごちゃ言ってんだ!!わかんねえから!!」

「すまない、話が逸れたね。つまりみんなが平等に長く生きることを肯定している社会だから、生きる

こと自体は恐らく歴史的などの社会よりも楽になっていると思っている」

彼は一呼吸置き、冷たい視線を僕に向けた。

「それ故、生きようとすることは甚だ難しくなったのさ」

「どういうこと?この宝探しとどういう関係がある?」

「生きることが楽になった今、生きようと自ら意識することは普段の生活では殆どなくなった。しかし人

間関係の中で起こるいじめや虐待、または病気、怪我。これらは無意識の中から『生きようとするこ

と』を意識の領域にまで引っ張り上げてくる。生きようなんて思ってる時点で、すでに生きていたくな

い、生きられないかも知れないって不安、ネガティブな要素がその本人の心に巣食ってんのさ」

僕は反論できなかった。確かにここにきて、どうやったら生きられるかということを本気で考えさせられ

ている。それは単なる偶然ではなく、死と隣り合わせな状況にいるという必然のもとでだ。しかし、明

確な答えはもっていない。手探りで、危ない橋を何本も渡らなければならない。

「この宝探しの主催者は、たぶんそういうヤツだ」

彼の口調が穏やかさを失ってゆく気がした。目つきが鋭くなり、僕に突き刺さる。

「主催者は生きようとしている。或いは、その感覚に飢えている。主催者の心は乾ききってるんだな。

生の実感っていう潤いを求めて、あえて意識できるようなこんな場を設けたに違いない。」

「俺たちが生きようとしているのを観て笑ってるってのか?」

「さぁな。噂じゃ、この島に潜んでるって話もある」

「バカかそいつ!?」

「殺されちゃうかもしれないじゃない!!」

ヤスと亮介がほぼ同時に声を上げた。僕も同意見だ。場を設けて自分が死んでいたんじゃ話にならな

い。それじゃ単に気が触れている人間じゃないか。

「そう、バカげているし殺されるとも限らない。ただな、その殺されたときの保険金がこの宝探しの景

品じゃないかなんて憶測も飛び交ってるらしい。」

僕たちは戦慄を感じて身震いした。この先、普通の神経で生き残れるような気がしない。

「気をつけろ…ここにいるヤツらは、みんなどこかで『生きようとすること』が意識される一歩手前で生

活してたヤツが多い。一歩一歩、決死の覚悟で歩け」

そういうと彼は立ち上がり、最期の力を振り絞って茂みに歩き出した。

「さぁ、もう俺に構うな…最期は独りがいい。」

ありがとう、お疲れ様。そう言って、彼のいた道を通り過ぎた。

僕たちはまだ、生きようとしなければならない。


浜辺に一人の男が座っている。体育座りのような格好で、ぼんやり海を眺めている。遠くからでよく見

えないが、黒系の服を上下とも着ているようだった。

僕たちは何か罠が仕掛けてあるのではないかと周りを見渡したが、それらしきものは見つからなかっ

た。武器リストにはもはや接近戦以外で使えるものはないはずだ、と頭の中で繰り返しながら、それ

でも一抹の不安を拭えず、僕たちは恐る恐る近づいていった。

20m…10m。段々と近づいていく。僕たちの鼓動は自然と早くなる。そして残り5mというところで、彼

が肩越しに突然こちらを振り向いた。僕たちよりもかなり年上に見えるが、それほどがっしりした体格

というわけでもなく、不思議な印象を受けた。

「そうか、こういうシナリオなのか」

彼は理解したように、安堵の表情を浮かべた。

僕たちのほうを向いて立ち上がったその男は、白いワイシャツに上下とも黒のスーツ姿で、黒いネクタ

イを締め、黒の革靴を履くというこの島では異様なスタイルをしていた。

「あなたの名前は?」

「俺は…翔太。宮前翔太だ」

いま、僕たちの目の前にいるのは、穏やかな紳士風の青年たった一人だ。しかし、ここまで辿り着い

た僕たちには何となくわかっていた。彼が、彼こそが、この島で一番危険な人物だと。彼の笑顔には

何の屈託もない。とても暖かく、曇りのない、透明な視線が僕たちに向けられている。彼は彼なりの優

しさをもって人を殺せる、悪意なき殺人鬼だと思うと、僕たちは震えを隠せなかった。

「怖がることは何もない…何もしやしないさ」

僕たちは何も言えなかった。

「はは…そんなに警戒するなよ。宝は見つかったのか?」

「いや…まだ」

「そうか。一筋縄ではいかないもんだなやっぱり。見た感じ、相当苦労してきただろ?三人とももう沢

山だって顔してるよ。ずっと緊張しっぱなしってのも疲れるだろうから、ここで一息つくといい。別にお前

らの隙をついて倒してやろうなんてせこい考えはないからさ。ところでもし食べ物や水が残ってたら少

し分けてくれないかな?俺もそろそろ限界なんだ」

彼は一方的に喋り続けていたので、最後の一言が僕たちに向けられた質問であることにすぐには気

付けなかった。彼は何も答えない僕たちを不思議そうな表情で見ている。

「あれ…なんか悪いこと言ったかな?」

「あ、いえ…そんなことないです。生憎僕たちも食料も水も残っていなくて、探していたところで…」

「そうか。なら仕方がないな。」

そう言って彼は再びその場に座り込んだ。特に僕たちを警戒している様子もない。

「明日までの辛抱だな、お前らも頑張れよ」

「宝探しにはいかないんですか?」

「危険を冒してまで見つける価値があるとはっきりわかってすらいないしね。元々僕は無理やり連れて

こられたようなもんで、あんまり興味もないんだ」

「そのチームメイトは何処にいるんですか?」

「ここから海岸線に沿ってしばらく歩いたところで、日向ぼっこでもしてるんじゃないかな。」

そういって彼は笑った。本当に悪意の欠片も見せない、綺麗な笑顔だと思った。

「じゃぁなんであんたの荷物はあんなに多いんだ?どうみても一人分じゃない」

それまで口を閉ざしていたヤスが言った。彼は荷物の方に目をやり、また笑った。

「彼らに荷物はもう必要ないから。俺の荷物もあれだけで充分だ」

「まさか…殺したのか」

「まぁな」

ヤスは仲間殺しと聞いて驚いた様子だったが、それは僕と亮介にとっても同じことだ。僕たちは普段

からふざけて"死ね"だの"殺すぞ"だの言い合うこともあるが、それはお互いを心から信頼しているか

らこそ言える台詞で、実際に誰かが死んだら絶望にも近い感情を抱くと思う。以前、それほど仲の良く

ない同級生が交通事故で入院したことがあったが、僕たちはそれだけでもその日ずっと落ち込んでい

た。特にヤスは人一倍そういうことに敏感で、その子の入院以来暫くはその類の発言を全くしなかっ

た。そういうヤスだからこそ、この場で彼に食いかかっていけたのだと僕は思う。

「あんた…友達をなんだと思ってる」

「なんだろう…まぁそもそも友達ではないんだけどな」

「じゃあなんなんだ?」

「同じ高校の同学年。でもそこまで知り合いってわけでもない。あいつらヤク中って噂で、学校にもあ

んま来てなかったし、来ても授業中に壊れだすことが殆どで先生も手の施しようがない感じだった。そ

れでまぁ金が必要だったんだろうな、こんな企画を見つけて応募したいから一緒にきてくれって。まぁ

どっちかというと脅迫に近い誘い方だったけどな。気付いたら10人くらいに囲まれてた。笑っちゃうよ

な、その誘いがサマーキャンプなんだもん」

「なんであんたが?」

「俺さ、3ヶ月だけボクシング部にいたんだよ。まぁつまんなくてやめちゃったんだけど。だから用心棒

としては最適だったんじゃないの?それでこの島へきたんだけど、結局着いてすぐに壊れかけてて

さ、めんどくさかったからお荷物を減らしたってわけ。三人分の食料があれば三日は普通に生きられ

る。食料を半分で我慢すれば六日間生きられる。単純計算だけど、別に間違ってもなかった。腐りそう

なやつから早めに食って、その他は極力動かない。ずっと浜辺でのんびりしてたけど、途中で

銃声は聞こえるわ悲鳴は聞こえるわでただ事じゃないなとは思ってた。」

「誰にも狙われなかったのか?」

「あぁ、この島で生きた人間と口をきいたのはお前らが初めてだ」

「そんなバカなことが…」

「お前ら、これもってるか?」

そう言うと、彼は自分の内ポケットをごそごそと探った。彼が手にしていたのは小型の機械で、それが

何かすぐには判らなかった。

「なんだそれ?」

「スタンガンさ」

僕たちは意味がわからなかった。この島に私物の持ち込みは禁止されているし、例の紙切れの武器

リストにもスタンガンは含まれていなかったはずだ。

「その顔はやっぱり知らないってことか」

「どうやって持ち込んだ?」

「それが俺にもわからなくて困っている」

「は?どういう意味だ?」

「この島に降ろされる直前、俺は黒服に呼ばれ、このスーツに着替えさせられたんだ。その後手錠をさ

れて、自分の荷物は船に残したまま降ろされた。そのときから自分の着ているスーツの内ポケットに

何か入っている感触はあったんだが、許可があるまで発言が禁じられていたからそれが何かはわか

らないままだった。島に先に降りていた残りの二人は服装は変わってなくて、代わりに見慣れない大

きいリュックサックを背負っていた。一通り説明を受けたあと手錠が外され、僕は荷物の中身を確かめ

ている二人に気付かれないようにさりげなく内ポケットを確認した。それがこれさ。」

彼は何かを請け負った、選ばれた存在であると僕たちは感じた。そしてこの宝探しに秘められた必然

性や恣意性のようなもの、概して悪意ともとれるそれらに落胆した。

「俺がこんな格好で驚いただろ?でも実は、お前らが全員私服なことに俺も驚いてるんだ」

彼の言葉に嘘はないようだった。主宰者が何を考えているのかはわからない。だが、彼はその真意を

知ることなくここまで生き残った。その間、誰一人として彼を狙うことがなかったというのは、紛れもなく

彼のその類まれな強運に拠るもの…神に選ばれし、祝福されし者である証拠だと思った。だが、ここ

にいる者の殆どは彼を妬むことも、羨ましがることもないだろう。神に祝福されることが、人間の真の

幸福であると断言できないことは、ここへきて疑いようのない事実として嫌というほど突きつけられて

いた。そういう点で、彼はこの島でもっとも浮いた存在であるかもしれない。

いま僕たちが三人がかりで彼に挑めば、間違いなく彼に勝てるだろうということは、99.9%明らかな

ことだ。彼はスタンガンの存在すら僕たちに教えている。僕たちにとって不利な要素は皆無といってよ

い。だが、残りの0.1%が拭いきれない。彼ならその確率を克服してしまうのではないだろうか、とい

う疑念が僕たちの思考にちらつく。そうなると僕たちは動けない。今までの戦いのほうが不確実な要

素を多くもっていたはずで、それを克服してきた僕たちが99.9%に苦戦するはずがないのだが、そ

れでも、彼がこれまでに「何事もなく」通過してきた過程の確率は小数点以下何桁にわたる低確率で

あるか僕たちには想像もつかない。それ故、彼がこの場面でもつ0.1%の確率は、充分すぎるほど

彼の勝利を匂わせた。

「お前らも座れば?疲れてるんだろ?」

彼はこちらを見ることなしに言った。それは単に僕たちを気遣ったもので、座りたいほど疲れているの

も確かなのだが、全てを見透かされているような気にしかなれない。普段なら何気なく行う動作や行

動の一つひとつが、生死を分かつ判断となるように思えてくる。

今やそれは彼の平静ではなく、僕たちの心理状態の所為だと断言できる。

彼はこの島で、のんびりと過ごしているだけなのだ。最初に食料を確保するという大仕事を終え、悠々

自適に残りの六日間を過ごしているだけなのだ。この状況では、おそらく僕たちのほうがより狂人に近

いと言えよう。

ならばどうするか。

狂人になりきって彼に挑むか、平和的に協調して過ごすか。いずれにしろこの場を一旦離れて、三

人で話し合う必要があると考えた。二人に目配せすると、どちらも頷いて足元に降ろしていた荷物を背

負いなおした。どうやら考えは一致していたらしい。

「散歩してきます」

と僕は言った。

「気をつけて」

と彼は言った。


そこに彼の姿はなかった。

ヤスが何かに勘付いたように振り向いたが、隠れているというわけでもないらしく、どこにも見当たらな

い。僕たちは浜辺の彼が座っていた地点まで行ってみたが、それでも彼がどこへ歩いていったかすら

わからない。足跡一つとして残っていないのだ。気味が悪いな、とは思ったが、彼を目の前にしたとき

に抱いていた得体の知れない感情よりは幾分楽なように思う。

「どこへ行ったんだろう?」

「知るかよ。とにかく散々練った計画が全てパァ、って可能性が出てきたわけだろ」

「うーん…いないってのは想定外だったな」

「感心してる場合かぃ智哉クン?」

「ねぇあれ…!!」

亮介が指差した方向に、見覚えのある船が一隻こちらへ向かってきているのが見えた。それは紛れも

なく、一週間という期限どおりにやってきた迎えの船だった。しかし、まだ決着がついていないどこか、

宝すら見つかっていない。こんな状況で終われるはずもないだろう。僕の眼には迎えの船がずいぶん

と間抜けに映った。

「宝…見つかってないよ」

僕たちに言ったのか船に言ったのか、ヤスが呟いた。

「うん…見つかってない」

亮介が呟きで返す。

「もうよくね?俺、充分楽しんだわ。帰りたい」

「僕も」

僕も二人の意見に賛成だった。だが、宝は事実見つかってないわけで、はいそうですかと帰れるかと

いえばそうとも限らない。何せ100万円という金額がかかっている。そんな拍子抜けした終わり方が許

されるとは到底思えなかった。

船はそのまま浜辺に近づけるだけ近づいたところに止まり、そこからは幾つかのボートでこちらへ向か

ってきた。行きは黒服と子どもだったが、いまこちらへ向かってきているのは黒服と大人たちだ。表情

までは読み取れないが、どうも怪しい空気が漂っているのを感じた。

行きと同じく、ボートは10隻以上あったが、先に黒服のみが三人乗ったボートが1隻だけこちらへ辿り

着いた。僕たちは大して身構えることもなく、彼らを迎え入れた。

黒服は僕たちに向かって微笑み、そして言った。

「おめでとう。」

「え?」

「君たちの優勝だ。」

「いや…宝は見つけてないし、それに…」

僕の言葉を遮るように黒服が続けた。

「宝はなくても、この島で生き残ったのは君たちだけだ。宝を見つける可能性があるのは君たちだけと

いうことになったし、期限の一週間も経った。もうこれ以上無駄に苦しむことはない」

「バカ言え、俺たち以外にも一人いるはずだぜ!」

「そうだよ!えっと…たしかショータって人が」

そんなにバカ正直に言ってどうするんだという気もしないでもなかったが、二人が言うのを僕はただ黙

って聞いた。二人はその時の状況説明まで御丁寧にしていたが、黒服たちも二人が言い終わるまで

静かに聞いていた。

「我々はこの一週間、様々な場所に設置されたカメラで君たち参加者の様子を監視していた。そして

今日、君たちを除いた全ての参加者の死亡が確認された。」

信じられなかった。彼が自殺でもしたというのか。すぐにでも彼を探しに森へ戻りたい気持ちだったが、

黒服の後方から続々とボートが到着しており、下手に動けなかった。

「これから君たちにある説明をしなければいけない。だが、その説明は我々はできないことになってい

る。そこで、君たちの御両親のうち、選ばれた一人にこの役目を担ってもらう。残りの大人は説明はお

ろか何も知らされていないから多少苛立ってるかもしれないが、まぁ上手くやってくれ」

何をどう上手くやるのかわからなかったが、とにかく現状把握しないことには何も始まらない。黒服た

ちは全員ボートで引き返していった。浜に残されたのは一隻のボートのみだ。

後ろにボートが一隻だけ残されているのを確認して、一人が僕たちに歩み寄った。

僕の母親だった。


結局その後も、彼―宮前翔太が僕たちの前に姿を現すことはなかった。「気をつけて」とだけ言い残し

て、彼がどこに消えたのか―実際には僕たちが彼から離れたわけだが―については、僕たちが生き

ているうちは何の情報も得られなかった。そう、僕たちが生きているうちは。
【2008/08/21 22:52】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
終盤
依然として緊張した空気は解けることがない。不自然な間は、次の母の言葉によって取り繕われた。

「違うのよ…違うの。」

母は言った。僕らは至って状況が飲み込めないままだ。

「乗船券は、3人分なのよ」

「私たちは行きの乗船券と、この黒い箱を持たされて船に乗ったの。この島に上陸するまでは開けてはいけないって言われて。」

母は困惑したように続けた。

「それで、島に着き次第、子供たちの指示に従うようにって…」

僕らは息を呑んだ。

「この箱、どうすればいいの?」

最後の宝箱を僕らはとうとう見つけた。

中身はわかりきっている。

海岸から距離をとった船がこちらを嘲笑っているように感じられる。

…最後の選考会。

きっと主催者は、デッキでグラスでも傾け合いながら待っている。

この船の乗客、つまりはこの惨憺たるゲームの勝者を。

いま、この島にいる人間は自分達を含めて30人。

おそらく、僕らを除いた27人の「片親」は知らない。

僕らが拳銃を持っていることも、その箱の中身が銃弾であることも。

渡して、といえば素直に渡すだろう。

しかし、渡してもらったら当然、中身について聞かれるだろう。

見せろ、とすら言われるかもしれない。

いま、大人たちはこの箱の「未知数」によって制されている。

僕ら子どもが平然と開けるような素振りを見せれば、勿論のように介入してくるだろう。

この最後の選考会をどう乗り切ることにしようとも、主導権を大人に渡すわけにはいかない。

僕が考えあぐねていると、堪えきれなくなってか、ヤスが母親に食って掛かった。

「なにしてんだよ!?あの馬鹿親父は一緒じゃねぇのか??」

「御両親のどちらかのみ下船できますって言われたのよ!知らないわ…もう何なのここ」

自分に暴行を繰り返している父親でも、やはりこの状況下では気になるのも無理はない。

主催者は、僕らに「救いの手を差し伸べる企画」だと言っていた。

ヤスや亮介が気づいているかは定かではないが、僕の中には必然的に嫌な仮説が生まれる。

僕らは3人とも、親からの虐待を受けて育ってきた。

それはきっと、このゲームの参加者全員に共通して言えることなんだろう。

大人たちの顔を見ればわかる。困惑しているが、子どもの心配より自分の身を案じている。

感覚的にわかる。彼らは子どもより自分をはるかに優先して生きている。

ヤスと母親のやりとりが続く。

「いったいあの船はどうなってるんだ?」

「知らないってば!」

「俺らが下りたあとはどうなったんだ!?」

「雑魚寝するような大広間に通されて、そこで寝泊りよ!」

「他になんもなかったのか!?」

「殆どの場所が施錠されてて立入禁止。デッキにすら出れなかったんだから!」

「そりゃよかったな、何もなくてよ」

「どういう意味!?」

そこで若干、空気が変わった気がして、僕はヤスに目で合図した。

目の前で困惑している母親から箱を受け取り、即興で今後の展開を演説することにした。

箱を受け取った僕に、大人たちの視線が集中する。

僕は、あらん限りの創造力を振り絞った。


―この箱には、僕らに宛てられた指令が書かれているはずです。

僕らが最後に見た指令状にそう書かれていたのです。そこにはこうも書かれていました。

『絶対に 大人の手や知恵を 借りてはいけない』

ですから、この箱の中身をお見せすることはできませんし、このあと僕らについてきて

いただくこともできません。どのくらい時間がかかるかは判りませんが、僕らが指令を達成して

此処に戻るまで、どうかお待ちいただきたいと思います。―

すぐに怒号にも似た質問が飛ぶ。

「待たなかったらどうなるってんだ!?」

「それにはうちの子も関与しているんですか!?」

僕は落ち着いて、ヘマをしないように辻褄を合わせる。

―待たなかった場合にどうなるかはわかりません。ただし、僕らは全員船から下ろされ、

命の保証がされていないということだけは確かでしょう。―

「はっはっは、何を正義の味方気取りでいやがる!大人をなめてんのか!!」

「命の保証がないって、どういうこと!?息子は無事なんでしょうね!?」

様々な憶測と野次が飛び交っている。命の保証ってのはまずかったかと今更悔やむ。

しかし、こうやって表現するほかないような気もした。

その時だ。

苛立ちがついに頂点に達したか、ヤスが叫んでしまった。

「うるせーよ!てめぇらのガキはみんな死んだ!!死にたくなかったら黙ってろ!!」

凍りつく空気とはこのことだろう。一瞬で、それまで飛び交っていた言葉の群れが引いていった。

しかしそれも一瞬である。冷静な大人たちは、再び思い出したように怒号を飛ばしてくる。

「ふざけてんじゃねぇ!死ぬだの殺すだの簡単に言いやがって!」

「息子をどこへやったのよ!いい加減にしてよ!」

「おまえら、只じゃ済まさないからな!!」

…もはや収拾がつくような状況ではない。

ヤスでさえも、この事態には戸惑ったような表情を見せている。

「智哉、こいつらどーすればいいんだ…」

黙っていた亮介が弱弱しく聞いてくる。

ヤスは呆然として立ったまま動かない。

僕はこのままでは埒が開かないと思い、デイパックから最後の手段を取り出す。

僕は拳銃を持つ手を天に向かって一回大きく伸ばしてから、それを自分の母親に突きつけた。

「おとなしく下がれ。全員黙って、その場に座れ」


「とも…や…?」

「お母さん、大丈夫。撃たない。下がってくれればいい。」

母はそれでも動揺したか、多少おぼつかない足取りで数歩距離を置いた。

さすがの大人たちも驚いた表情は隠せず、黙って指示に従った。

僕は演説を続ける。

―いいですか。これは思っている以上に深刻な事態なんです。冗談かと思うかも知れませんが、

あなた方のお子さんは全員すでに絶命なさっています。それもこれも全て、こうなるように仕組んだ

主催者側の意図によるものです。このゲームの主催者は慈善活動をやってるわけじゃない…。

彼らは人の死から利潤を生み出し、それを賞金だとして分け与えようとしているだけなんです―

何故自分でもここまで他人事のように喋ることができたのか定かではない。とにかく伝えよう、

理解してもらおうとすることで頭が一杯で、文章を構成することなど不可能だった。思いつくままに

現状を言葉にした、それだけだった。

―みなさん、僕は死にたくありません。―

「俺もだ!!」

「僕だってやだよ!!」

ヤスと亮介が続く。


―僕らはこの島に下ろされてから今まで、生にしがみついてきました。そして、今もなお、

生き残ることを第一に考えています。それは、みなさんも全員同じはずです。―


僕はそういって辺りを見回す。

誰もが、当たり前だという表情で僕へ視線を送っている。

僕は誰にともなしに小さく頷き、ゆっくり息を深く吸い込んだ。


―このゲーム、誰も負けてはいけない。勝たなければいけない。そのために僕らがしなければならな

いことがあります。―


ヤスと亮介がこちらを見る。

大人たちも、その場にいる全員が僕の次の言葉を待っていた。


―それは、一度、死ぬことです。―


いよいよ、ラストステージが始まる。


主催者は銃声を待っていた。

合計で20発。乾いた空に響く鈍い音。それを主催者は待っていた。

生き残りが、船へと戻る。その時の表情を見るのもまた、楽しみだった。

そして、最後にその生き残りをさえ、殲滅するのも。

主催者の描いたストーリーは、そのキャストによって味わいを増し、非常に深みのある、

最高の出来映えになっていた。

ついに、最終章の幕が開けると思うと、心が疼いた。


デッキ、客室には黒服を配置してある。

島にいる人間の声は、最後の黒い箱に取り付けた小型マイクから

船内のスピーカーに流れた。

音が途絶え、双眼鏡で生存者が3人であることをデッキで確認したら

船を島に近づけるように、操舵室に指示が出される手はずになっていた。

黒服は一言も聞き漏らさないようにスピーカーに張り付いていた。

一人の子どもの声が、延々と聞こえている。

そしてその子どもは、何かを必死に訴えている。

涙ぐましい努力を、しかし黒服たちは嘲笑するしかできなかった。

生存者が確実に3人になるまで、餓死させてでも船は近づけるな。

それが黒服に与えられた任務だった。


―いいですか、鬼ごっこの要領です。僕が合図したら、一斉にみなさん逃げてください。でも、

少しずつ間隔はずらしてください。それを僕が順番に撃ちます。遠い人から順番にしましょう。

その銃弾は確実に外します。が、とにかくみなさん、当たったフリをして倒れてください。船のデッキ

からはそこまで正確には見えないはずですから、それで充分です。あとは、何とかします―


黒服たちは少しこの子どもを見直した。銃弾の行方は双眼鏡を使っても確かにわからない。

その上、このブラフに銃弾を全て使い切ることになり、手元に残る武器はなくなる。

ここまでの賭けを極限状態にまで追い込まれた子どもがするならば、或いはスピーカーさえ

なければ判断に迷ったかもしれない、とみな思っただろう。

しかし、何とかしますという言葉だけは運任せで無責任に聞こえ、やはり子どもらしい詰めの甘さ

も感じさせていた。


―それじゃあ、合図は特にしません。僕が銃口をあなた方に向けますから、先ほど話したように

僕から遠い場所にいるかたから順番に逃げてください。しばらく撃たないこともありますが、全力で逃

げてください。そして撃たれたら、僕らと船から見えるところで倒れてください、いいですね。―


大人たちは不安を抱えたままだろうが、とにかく提案に頷いていた。


―では。―


僕は銃口を大人たちの群れに向け、次々と逃げる大人たちの、その2mほど上を撃った。

大人たちは見事な演技で倒れていき、中には数歩足を引きずってから倒れる人まであった。

そして1人、1人と倒れ、ついに一番手前にいた母親の番だ。

母親は僕との距離でもわからないくらい小さく頷いて、じり、じりと下がる。

今にも泣き出しそうな顔で震えながら下がる姿は役者顔負けの名演技だ。

そして、僕に背を向けて走り出した。


主催者が待ち望んだ、最後の鈍い音が鳴り響いた。

それを主催者が聞いたかどうかは定かではない。

いま、主催者は左足を撃ち抜かれ、砂浜に倒れた。


―みなさん、ご協力ありがとうございました。ゲームの、終わりです。―


僕は声高らかに叫んだ。

倒れていた大人たちが、事情も飲み込めず呆然としながら起き上がる。

僕は、苦痛に顔を歪める主催者に歩み寄って、そしてその身体を抱きかかえた。

「ごめんね、お母さん。」


「なぜ…こんなことを…」

「これ以上、先に進ませるわけには行かないから」





それからすぐに、船が島に寄せられた。

異変に気づいたのだろう、黒服に身を包んだ集団が慌てて僕の母親のもとへ走って来たのだ。

彼らは僕らを見るなり「まさか」という表情を見せたが、特に危害を加えられることはなかった。

彼らは興が冷めたように母親を船へと運び、僕らも全員船に乗ることを許可した。

もともと、共犯というよりは主催者以外は指示に従うだけの駒であったようだ。


母親は心の何処かで夫を―つまり僕の父親を恨んでいた。ネグレクトという手段で徹底的に僕を遠ざ

けた存在として憎んでいた。日増しにその思いは強くなっていたのだろうか、パソコンの検索履歴に

「ネグレクト」という言葉が一度だけ残っていた日があったことを覚えている。母親は夫の前では同調

を装い、その裏ではどうしたら夫のネグレクトを解消できるかと頭を抱えていたんだろう。今思えば、母

親が多数所持していたカウンセラーの名刺などは、母親自身の僕に対するストレスが原因で所持して

いたのではなかったのだと思う。恐らく、色んなカウンセラーのもとを回って話を聞き、対策を練ってい

たものと思われる。

「うちのお母さんなんて全然だめだ、船酔いしててずっと船内で寝込んでたんだって。だからこんなに

大きな事件の一部始終知らないみたいなんだよ、ホントやんなっちゃう」

「いや、亮介のお母さんはこれ以上ないくらい怖がりなんだろ?だったら無理に怖い思いをさせること

はないさ。いずれわかるかも知れないし、そのときにフォロしてあげればいいじゃない」

ヤスは横から俺が言ってきてやろうかと亮介をからかっている。ようやく僕たち三人にもいつもの笑顔

が、日常が戻ったような心地だった。それと同時に、今までの疲れがまとめて出ており、三人ともすで

に睡魔がすぐそこまで襲い掛かってきていた。

「もう寝ようぜ、さ~すがに疲れた」

「そうだな。明日の午前中には着くらしいしな、寝るか」

「じゃ、また明日ね!!」

亮介はそういうと我先にと部屋へ戻っていく。

「お母さんにいい子いい子してもらえよ、亮介!」

「しないよバカ!!」

亮介が角を曲がったのを見届けてから、僕たちも分かれて部屋に戻った。

「おかえり。」

そういって迎えてくれる父親はどこかくすぐったい気持ちがする。

「ただいま。」

僕は月並みに答えた。微かに父親が笑った気がした。

窓の外には引き込まれそうなほど暗い海と空に浮かぶ眩しいほどの明るい月だけが見えていた。

闇の中で僕たちを導いてくれる光。

それは大きな月でもあり、父親の背中でもあるような気がする。

この悪夢から漸く解き放たれるまで、あと6時間程度。

たった一晩。

それが僕と父親の一緒に過ごした最後の夜だった。


最後の「宝探し」を告げるサイレンが、闇夜を切り裂く。


「いいか智哉、よく聞け。船で待っている最中、俺は黒服の目を盗んで船内を色々調べて回った。そし

て器具庫にあったコイツを拝借しておいたんだ。」

そういって父親は部屋にある換気扇の奥に隠しておいたバールを取り出した。すると父親は窓際に行

き、思い切り窓ガラスを叩き始めた。窓ガラスはヒビこそ入るがなかなか割れない。父親は何度も叩

いた末、ようやく窓ガラスを割ることに成功した。確かに、この窓ガラスはバールでもない限り割れな

かっただろう。一仕事終えた父親は息を整えながら続けた。

「もし、火の手が回って、もう駄目だと思ったら、迷わず、海へ飛び込め。」

「父さんは!?」

「俺はこの扉を開けないといけない。」

「なぜ?一緒に行こう!危ないし、その扉はいくらなんでも壊せないよ!」

僕は父親の腕を掴んで引っ張る。父親という存在に久しぶりに触れた。そして、そんな僕をいとも簡単

に振り切る父親の強さも実感した。

「父さんが逃げたら、誰が母さんを助けるんだ。」

「だって母さんは父さんを殺そうとしたんだよ?いくら夫婦だからってさ…」

僕は父親を止めようと必死になるが、それでも父親は首を縦には振らなかった。

「バールはな…」

「え?」

「バールはな、器具庫に50部屋分全て置いてあった。ご丁寧に緊急時のマニュアルもな。わかるか?

母さんの部屋の分もないんだ。そしてこの扉は、火災発生時には内側から強制ロックがかかって、火

をくい止めるシステムになっている。母さんは何故バールを持っていない」

「それはお母さんが犯人だってばれないように…。」

「なら今の父さんのように隠し持っておけばいい」

「そうか…。いやでも待って。元から余分に持っていたならわからないし、第一この火災がお母さんの

仕業なら、もう部屋にはいないことになるよ!!」

「母さんの仕業…ならな。」

僕は言葉を失った。一体この人は何を言っているのだろうと思った。

「おまえが謎解きの説明をした後にな、俺は母さんの部屋に行ってみたんだ。黒服たちも夫だというこ

とで特別に会うことを許可してくれた。中にいたのは、椅子に座って縄で動けないように縛られ、ほ

ぼ監禁状態の母さんだった。中にいた黒服にやめてくれと言ったが、彼らは裏切られた身だからな、

全員下船して安全の確認がとれるまでは我慢してくれと言われた」

相変わらず火災報知器がけたたましく鳴り響いている。僕はまだ確信なんてものはなかったが、直感

で、それが母さんからのSOSであるように聞こえてきていた。

「それじゃぁ…」

「あぁ、他にいるはずだ。母さんは利用されたと俺は見ている」

父親の話は真実味を帯びていたが、確信が持てるような証拠はない。それ以前にそんなことを確かめ

ているだけの時間もなかった。父親は渾身の力で扉のロックを外そうとしている。その姿は鬼気迫るも

のだったが、不思議と安心感も覚えた。

五分くらいたっただろうか、ついに父親はロックを外し、扉を開けた。まだ部屋の前に火は到達してい

ないが、空気はやはり熱い。部屋のロックを解除するためには火災報知器の全体をコントロールして

いる機械のある場所まで行き、それを止めなければならない。だが、この犯行手口からすれば、火災

はその部屋で起きたか、もしくはその通路を絶つように火が回っているか、或いは客室からでは辿り

着けないような部屋が使われているかのいずれかである可能性が高い。それは父親も充分承知して

いるだろう。いま、僕が父親を止める術は恐らくない。僕は父親の背中をただ見つめていた。

「船から飛び降りたら、すぐに船の後ろへ回れ。俺からのプレゼント、最後の宝探しだ。」

僕には意味がわかなかったが、とりあえず頷いておいた。

「それじゃ智哉、また後でな。」

父親はそう言い残して出て行った。

海からの夜風が心地よい。僕は放心状態で父親の去った入り口を眺めていた。

父親から生き残るための道を用意してもらったというのに、僕の頭の中では今までの家族との思い出

が走馬灯のように駆け巡っていた。

それから5分くらい経っただろうか。父親が戻ってくることも、正面や隣の部屋から人が出てくることも

なかった。相変わらず火災報知器のサイレンは鳴り響いている。気付けば火はついに僕の部屋の中

にまで入り込んできており、煙も徐々に充満しはじめた。部屋の上部が黒く濁り、熱さと息苦しさが一

気に押し寄せてくる。煙を避けながら大きく息を吸った。

「先に行くよ!」

僕は部屋の外にまで届くように大きな声で叫ぶ。

僕はついに海へと脱出した。


僕が落ちたところから船の最後尾まではやや距離があった。父親の言いつけを守り、必死の思いで

泳いでいく。すると暗がりに、蛍光色の黄色が浮かび上がった。救命ボートだ。ボートは船の上からで

はギリギリ死角になる位置に、かなり長いロープで繋がれていた。父親は黒服の隙をついてこんなこ

とまでしていたのかと驚きを隠せなかった。黒服に見つかればいくらなんでも命の保証はなかっただ

ろうに。僕が勘定に入っていたかは定かではないが、少なくとも母親にとっては最高のパートナーだっ

たんだなと思った。僕はボートにしがみつくような格好で乗り込んだ。

その瞬間。前方でとてつもない爆発音がしたかと思うと、辺りが一瞬明るくなった。おそらく、オイルか

何かに引火したんだろう。僕はこのとき、両親や友達との別れを察知した。

幸い、ボートのほうへ船体の破片などが落ちてくることもなく、暫くするとまた静寂が訪れた。静かな

海の上に一人。自然と悲しみや悔しさがこみ上げてくる。犯人は母親じゃないとしたら誰なのか。

僕は暗闇の中で一人泣いた。そして夜空へ向かって祈った。

相次ぐ大きな事件に僕は力尽き、そのまま眠りに堕ちた。

一時間くらい経ったんだろうか、僕は大きな物音に目を覚ました。

船だ。

助けにきてくれたんだ。そう思うといてもたってもいられなくなった。僕は大手をふるって人を呼ぶ。

しかし船は僕に気付かないのか、通り過ぎようとしている。

僕は懸命に叫び続けた。

「助けてくれぇ!!助け…」

船内が僅かに月明かりに照らされ、僕は思わず黙ってしまった。

こちらを向いて少年が笑っている。

操縦は女性がやっている…母親だろうか?

僕は目を凝らしてみるが、月を背景にした船の位置もあり、よく見えない。

乗っていた少年が手元で何かしている。僕は身を乗り出して見ると、それは拳銃に弾を詰める作業だ

った。僕はその瞬間身を翻し、ボートの縁の部分に隠れる。

一発。…二発。

一発目は外れたが、二発目がボートに命中した。怪我こそ負わなかったが、弾丸はボートを突き破っ

てしまい、そこから見る見るうちに浸水し始めた。

船の動向を確認したい隠れ蓑としてのボートが役立たずになりかけている。これで銃撃が終わりとも

限らないと、僕は海に飛び込んだ。ボートにしがみつき、そっと顔だけ出す。船はそこまで離れていな

かったが、泳ぎで追いつける距離ではなかった。僕は呆然としながらも、船を睨み続けた。

すると船に、一瞬だけ電気がついた。乗っていた親子らしき二人の顔が鮮明に浮かび上がり、僕は愕

然とした。

「なんで?」

「どうして?」

僕は失意のなか、意識が薄れていくのを感じた。

ここまでかな、と僕は諦めた。

体が波に揺れてなんとも心地よい。僕は遠のく意識の中、海の静かなリズムに酔いしれた。


静かな波の揺れが治まっているのが


爽涼な青空から、陽の光が降り注いでいる。

その光が僕を温かく包み込んでいく。

僕が仲間だと思うには、少し心地よすぎる景色だ。




後日、僕は救急隊によって一命を取り留めた。僕は何故か救命ボートに乗せられて海を漂っていたら

しい。あのときボートは確かに沈んだはずだったが、とにかく僕は神に感謝した。

生きている。

僕はまだ生きなければならない。

事件は付近を偶然通りかかった漁船によって発見され、ただちに現場調査が行われた。船は火災に

よる被害が大きく、乗っていた客は僕と犯人を除いて全員の死亡が確認された。というのは、船自体

はあれだけの火災によっても沈没を免れたらしいのだ。犯人は未だ捕まっていないというが、僕は事

件を知る唯一の人物として捜査に協力することになった。行方を追っている犯人とされる人物の顔写

真を見せてもらった。あの船に乗っていた人物で、現場から遺体が見つからなかった人物。それは紛

れもなく僕を嘲り笑って去っていた人物に相違なかった。

いつか、渋谷の路上でアンケートの協力を仰いできた母親と、僕とヤスをこの宝探しに巻き込んだ息

子。現在、彼らは海外を逃亡中とみられ、捜査が進められている。


なお、この事件の犯人とはされていないが、船から遺体が発見されなかった人物がもう一人いた。

【2008/08/21 22:51】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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陰鬱な煙色の空から、悲壮な声で雨が鳴き届く。

叩きつけられた声がぼくの足へすがりつく。無数の涙が足へ纏わりつく。

僕を頼っているのだとしたら、彼らは大きな勘違いをしている。

僕を仲間だと思うなら、彼らは少し傲慢かもしれない。


僕はこの景色だ。


遠くの空を眺めている時のような定点のなさで僕はぼんやりと存在しているのだ。

決して意志が弱いだとか、流されやすいだとかいう意味ではない。

僕は確かに「いま、ここ」に存在するし、自我同一性とかいうものも備えていると思う。

遠くの空を構成する分子の一つひとつが確かに存在しても、僕たちはそれをぼんやりと、

あってもなくても気にも留めないような眼差しで捉えているのと同じ感覚で。

僕は結局、誰からも、細かいことは気にされないか、或いは目を逸らされてきた。


初めて口にした言葉は、きっと愛情だとか、そういったものを享受したいという一心で

僕の内側から出てきたのだと思う。両親をパパ、ママと呼ぶ子どもの言葉は、単なる学習や

鸚鵡返しの成果の域に留まらないことを僕は信じる。

人は成長するにつれ、言葉を道具として独立させてゆく。

しかし僕の場合、それは少し特異であったように感じられる。


「なんで」

「どうして」

悲しいことに幼少期に使い慣らしてしまった言葉だ。


虐待。


僕はこの言葉に常に違和感を感じて育ってきた。


虐待。


この言葉ですら、僕は愛情を感じるのだ。

おそらく、それは肉体的な苦痛を伴う暴力が介在するのが一般的なイメージだろう。

どうせ親から愛されないなら、いっそ僕もそうして痛めつけられているほうが幸せだったように思う。

我が佐伯家では、それほどまでに乾いた親子関係が築き上げられていた。

父親からの徹底的なネグレクト。

両親が僕の言葉に反応してくれるのは、稀に父親がギャンブルで大勝して極めて機嫌のいいとき

だけだ。そして、そんなときですら僕は話題の主役にはなれない。あくまで、父親のみている風景の

中に僕の存在が認められるだけ。風景と、僕という景色が分けられるだけ…本当にそれだけだった

と思う。なぜ僕がそこまで愛されないのか、生まれてこの方僕は知らない。

だから僕は何回も聞いた。

何度無視されようとも、しつこく、しつこく聞いた。

それでも父親から殴られるようなことはなかった。

父親はずっと俯いたまま、僕が諦めるのを待つか、或いはどこかへ逃げてしまうのだった。

しかし僕は何回も聞いた。使い古した言葉で。何度でも。何度でも。

結局僕が小学校高学年になっていよいよ諦めるまで父親は頑なに僕を拒んだ。

いや、単に僕が父親の視覚や聴覚についに認識されることがなかっただけなのかも知れない。

目が合うことは何回もあったはずだ。

だから、僕は余計悲しかった。


母親は優しかった。

だが嘘がつけない人だった。だから僕が父親からネグレクトされているときも、心の中では必死に

庇っていてくれている気がしていた。だが父親のように行動に移すようなことまではできない

だけで、やはり彼女も僕の存在を望んではなかったように思う。

ずっと一緒に暮らしているからこそ、僕は2人の間に流れる空気を読むことに関しては

誰よりも得意だった。顔や身振りをみれば、何を考えているかだいたいの見当くらいはついた。

だからいつも母親が僕と距離を置きたがっているときは、僕から離れてあげた。

そんな僕をみて、母親はいつも謝った。そして、自分のことを罵るのだった。


だから僕、佐伯智哉の人生は、いつだって乾ききっていた。


せめて殴られるでもいい。

僕にとってはボディーランゲージだ。

両親と腹を割って本音で話したい。

いままで一度たりとも叶った事がない、僕の夢だった。


特に外出の用事もない週末に雨が重なると、家という空間で僕は世間から隔離されたようで、

それでいて外に行く気も起こらず、ひたすら暗い気分になる。

特に気分屋という性格でもないのだが、昔から何故か変わらない。


昨日まで降り続いていた雨があがり、雲の間から陽の光が一直線に伸びている。

僕の平日の朝はいつも勝手に慌ただしい。

両親は共働きだから、僕には一切構わず早くに家を出てしまう。

もっとも、家にいたところで会話もないのだけれど。

だから僕はどちらにせよ、自力で朝を乗り切らなければならないのだった。

ところが毎日、第一次の目覚ましの攻勢には耐えてしまう屈強さをすでに獲得しており、

大抵の場合第二次で目を覚ますか、或いは反撃に転じる。

反撃した日は僕もある意味撃墜されているから相打ちだとも言えるだろう。

しかし、気配を察知して先に攻勢に回るような日は一日だってないのだった。

第二次で辛うじて目を覚ました今日は運がいいなどと考えながら、僕は部屋を出る。

下の階へ降りて、リビングでトースト一枚の朝食を摂って、コーヒーで一服。

優雅なひと時を過ごすなら最低30分は欲しいところだが、現状を考えると

その10分の1の時間も僕には許されていないだろう。

トーストとコーヒーをほぼ同時に胃に流し込み、同時進行で食器を下げる。

洗い物は母親がやってくれるので、流し台に置いておけばよい。

この辺りは恵まれた家庭だと感じる。

僕は世間一般の「優雅なひと時」の3分の1の時間で全ての身支度を済ませ、家を出た。



今年で、僕は中学2年生になった。

学校は都内にある公立中学校で、進学率は高いが難関高校には縁のない、

可もなく不可もないような普通の中学校に通っている。


都内といっても23区ではなく、家の周りには畑もあるような静かな場所に住んでいる。

学校は家から自転車で15分ほど。緩やかな坂道をずっと下っていく道だから、

行きは楽だが帰りはそれなりにつらい。

この前なんか、曇りだと油断して自転車で学校へ行ったら大変な目にあった。

ぐちゃぐちゃにぬかるむ道と視界の悪さで何回転びそうになったかわからない。

梅雨なのに強行突破しようとした僕が悪いんだけど。

でも、そんな苦労ももうすぐ終わる。

受験も何もない夏休みがすぐ目の前までやってきているから。


「と~もや~っ」

「トモくん、おはよー」

この辺りで一番広い畑の向こう側から声がする。同級生で幼馴染の康博と亮介だ。

僕たちはいつもこの畑の先で合流し、学校までの一本道を通う。

僕の進行方向右側、二人がいる道は隣の大方町へと続く。僕の住む三郷町よりも開けていて、

駅前では2年後にオープンするデパートの建設工事が始まっている。僕たちの学校では全生徒の

半分以上がこの二つの道のどちらかを通って帰宅するが、そのうちヤス―康博のことを僕はこう呼ぶ

―と亮介の通る道の方が勝ち組の通る「ヴィクトリーロード」と呼ばれている。小学校と中学校が

隣接しているため六歳のころから僕はずっと負け組呼ばわりだったが、最近はあまり気にならなく

なってきた。そもそも負け組に分けられる根拠がないじゃないか、と気付いたのだった。


僕はあまり友達が多いほうではなかったから、学校にいるときはこの二人と一緒にいるか、

もしくは一人で図書館やら保健室やらにいることが殆どだった。

夏休みの近い今の時期になると、冷房の効いた保健室に三人で雪崩れ込んで先生の顰蹙を

買うことも少なくない。しかし、家にいても会話する機会のない僕にとっては至福の時だった。

学校にいる間、僕は家庭のことについては触れないようにしている。三人で話していると時々家族の

ことについて愚痴なんかを言い合うことがあるが、そういう時は決まって話を合わせるか、「ありがち

な話」を自分にあてはめてその場をやり過ごす。小学校からこんなやりとりを続けていると、時折

前回話したことと辻褄が合わないことに気付いて内心焦ることもあるが、彼らは一度だって気付いたり

、訝しがったりしたことはなかった。彼らのそういう大雑把なところは魅力の一つだと思う。


学校に着くと、とりあえず僕たちは体育館へ向かう。

毎週月曜は全校集会の日で、朝から教職員まで含めた全員が体育館に集まるのだ。

そこでは校長の話や生活指導部からの連絡事項、部活動の大会成績発表や表彰も行われる。

今日も囲碁部が地区予選を勝ち抜いたという報告が一件あったが、当事者以外には全く興味を

そそられないイベントだと僕は思う。僕は帰宅部だから、未来永劫表彰とは縁がない。

亮介は放送部だからこれまた縁がない。唯一縁があるのはヤスくらいのもので、

陸上部だから時々個人名で表彰されることもあるのだが、聞けば、特に感慨もないらしい。

それがヤスだからなのか全体的にそうなのかはわからないが、少なくとも三人にとっては

極めて無駄な時間という見解で一致している。

しかし、今日はちょっと違う。体育館の入り口に大きな文字で「第一学期 終業式」と書かれ

た紙が貼られている。それを見るなりヤスは無闇に感慨深い顔をしていた。

「う~ん、今日で終わってしまうのだなぁ」

「まったく残念ですな」

また始まった、と僕は思う。これから教室へ帰って大はしゃぎで「予定会議」を開くくせに。

僕もその会議の一員だから、なんとも言えないのだけれど。


「無駄な時間」が終わり、教室に帰るとそのまま担任から簡単に挨拶があり、解散になる。

挨拶自体はすぐ終わるのだが、通知表の結果でみんなが騒ぐものだから、一向に収拾が

つかずに長引くのがいつものパターンだ。三人はこれも「無駄な時間」と呼ぶ。

僕たちは諦めにも似た感情で、通知表は「見ずに鞄へ」が合言葉だった。


起立、気をつけ、礼。そういうと、我先にと教室からみんな流れ出ていく。

そうして空いた教室が、僕たちの会議室と化すのだ。


「夏休み、どーするよ?」

ヤスが僕の前の席に陣取った。亮介も僕の横に座って荷物を机に置く。

「どこか遠くに行ってみたいね。せっかくだから涼しそうな北海道とか」

そういって鞄からパンフレットのようなものを出す。

「ほら、北海道に行けるツアーだよ。二名様からだから僕たちだけでも申し込める」

「おっ、やるじゃん。」

パンフレットを半ば強奪して、ヤスが読み始める。

僕は北海道には賛成だったが、果たして金額が現実的であるか不安だった。

「ねぇ、北海道っていくらかかるのさ?」

僕の問いかけに、ツアー内容だけに夢中になっていたヤスがはたと気付いて顔を顰めた。

「往復二泊三日で…五万?待て、中学生の出せる金額じゃねーじゃん!!」

そういってヤスは途端に機嫌が悪くなる。

「それはそのツアーの推奨ホテルに泊まったとき。他の提携ホテルならもう少し安くなるよ」

「そうは言っても三万円くらいでしょ?とてもじゃないけど無理だよ。」

僕はそういって亮介の提案を却下する。亮介は三人組の中でも富裕層の部類で、

亮介が金銭面で苦労しているところは見たことがない。

佐伯家も貧乏というわけではなかったが、共働きでようやく生計が成り立っている感じで、

当然ながら僕には最低限のお金しか回ってこない。お小遣いも定額で支給されるわけでもなく、

必要なときに理由と金額を一回ごとに申告しなければならなかった。

旅行に行くから三万円工面してくれなどとは口が裂けても言えない。

結局この日は煮詰まらず、早いうちに一回集まろうというだけでお開きになった。


あまり内容のある話をした覚えもないが、家に着く頃には日差しが傾いていた。

昼食すら摂らなかったのでそろそろ限界が近い。郵便受けの夕刊と郵便物を取り、

玄関へ倒れこんだ。時計を見ると17:30過ぎ。母親が帰ってくるまであと2時間はある。

折角ここまで辿り着いたのだからと最後の力を振り絞って自分の部屋を目指す。

コンビニにでも寄ってくるんだったと後悔しつつ、ベッドへ身を投げ出した。

冷蔵庫を開けて食料を探しても後で怒られるようなことはないのだが、何か後ろめたい気がして

体調が悪いとき以外はやらないことにしている。こういうときは、ひたすら寝るに限る。


「智哉?ご飯できてるわよ?」

母親の声で目を覚ました。寝起きはそんなに食欲がないものだが、今日のような日は別だ。

今行く、と言って僕はこのとき漸く制服から部屋着に着替え、リビングへ向かった。

母親とは食事中も普通に会話するが、父親は「いただきます」、「おかわり」、「ごちそうさま」以外は

殆ど何も言わない。もともと無口なこともあってか、この夫婦間でも会話量は多くないのだった。

「そういえば智哉さ」

「ん?」

「夕刊と一緒に玄関に封筒が届いてたけど、智哉宛てだったわよ?」

「あ、マジで?」

「ソファのところに置いてあるから持って行ってね」

「はいよ。」


封筒は確かに自分宛てだった。送ってきたのは名前も知らない会社で、社名だけ書いてある。

普段ならこの手の手紙はすぐにゴミ箱行きとなるのだが、「佐伯 智哉 様」の下に

「締切日に御注意ください」と但し書きされており、僕は妙な不安を感じた。

親に迷惑をかけるような事態になることだけはあってはならない。

そう思って、僕は封を開けた。


中から出てきたのは身に覚えのない当選を知らせる書類だった。

どこからどう見ても怪しい。

【おめでとうございます!!】

ありがとう、そしてさようなら。

ポイ。

僕宛ての手紙なんて大抵は、こういったふざけた書類か、予備校の受講案内くらいのものだ。

ラブレターとは言わない。せめて知り合いから便りでもこないものか。

考えるだけバカらしい、そう思ってベッドに寝転がりため息をつく。

昨今の急速な情報社会化が元凶だなどと考えつつ、僕は新着メールをチェックするのだった。


翌朝、僕は二回にわたる攻勢に耐え切れず起きてしまった。

定時にセットしてある目覚ましを解除せずに寝てしまったのだ。

僕の夏休みは、思いがけず規則的な生活リズムを維持したまま始まった。なぜか少し悔しい。


携帯ディスプレイに映る、06:30の文字。

あぁもう…と声にならない声で項垂れると、時計の表示の上に小さなアイコンがあった。

新着メールだ。こんな朝早くから誰だろうと思って開けてみると、ヤスからだった。

しかも着信時間は夜中の2時。朝からというのは誤解だったが、この時間もどうかと思う。


『無題 なんか水色の封筒きてない?いかにも怪しい感じの』

『Re: きてたけど当然ながら捨てた。』

『Re:Re: オレも最初そうしたけど、よく考えたらあの時のじゃね?』

『Re:Re:Re: あの時ってなに?』

『Re:Re:Re:Re: ほら、渋谷行ったとき学生アンケートに捕まったじゃん。』

あぁあれか、と僕は思い出した。

今年の2月初めだったと思う。

テスト前だというのに、いや、テスト前だからこそ、僕たちは用もないのに渋谷を徘徊していた。

所謂、現実逃避ってやつだ。何か面白いことはないかと期待してみたものの、そんなに都合よく

イベントやらがあるわけもなく、暇を持て余していた。かといって家に帰る気は毛頭ない。

センター街を往復し、道玄坂や代々木公園まで足を伸ばしてみても何もない。

半ば諦めかけてセンター街まで戻ってきていたところに声をかけられたものだから、

何も考えずに二つ返事でついていくことにした。声をかけてきたのは40代半ばくらいの女性で、

特に訛りがあるわけではないのに、語調がすごく柔らかい人だった。

「すぐそこですから」

そう言われたにも関わらず、声をかけられた場所からは少なくとも300mくらいあったと思う。

銀行の横を抜け、線路沿いに進んだところにある古く汚いビルの5階。

エレベーターも僕たち三人とそのおばさんでギリギリ乗れるくらい。一人でもメタボがいたら

二手に分かれる必要があっただろうと思う。内部は意外としっかりとしており、外見からは想像が

つかないくらい清潔感が保たれていた。僕たちは個別に仕切られた机でアンケートに答えた。

僕は比較的真面目に回答したが、ヤスは1分足らずで終わらせたらしく、僕のほうを覗き見ては

ニヤニヤしていた。ヤスの適当加減に中てられて僕も後半部分は気分で丸をつける。

後ろでは亮介が真面目に取り組んでいるので、僕は覗き見してきたヤスと目を合わせた。

「うおっ、びっくりした。なんだよ急に」

「うおじゃないよ。終わったし出よーか」

「時間全然潰れなかったな」

「まぁ街頭アンケートってそんなもんでしょ」

「あ、先に外出てるよ、亮介」

僕がそういうと亮介は手でヒラヒラと了解の合図を出した。はやくしろよ、とヤスが釘を刺す。



会場出口にある回収箱にアンケートを入れエレベーターに乗ろうとする僕らに声がかかる。

「あの…」

「はいっ」

アンケートがあまりに適当すぎて怒られるのかと思い、思わず声が裏返った。

「君たちは高校生かな?」

「ええまぁそれなりに。」

おい。どこからつっこめばいいんだ。

「東京都内にお住まい?」

「はい、都立森咲高校1年です」

森咲といえば都内屈指の進学校である。僕からしたら口にするのも憚られるほどの悪い冗談なのに、

それをこんなにも簡単に母校だと言い切るヤスは凄いヤツなんじゃないかと思ってしまう。

「あらほんと?実はいま都内の高校生を対象に旅行なんかが当たるキャンペーンをやってるんだけ

ど、参加してみない?今月末までに登録してくれた人の中から抽選するんだ」

「僕たちは何をすればいいんですか?」

「ただ住所とか名前とかを書いてもらうだけ。今後もアンケートを送付させてもらったりする代わりに賞

品をあげますよっていうのが実際の企画なんだけどね」

どう考えても新手の悪徳商法にしか思えなかったが、ヤスはちゃっかり自宅の住所と電話番号を書い

ていた。途中ヤスに睨まれたことと、おばさんの笑顔とに負け、僕も適当にありそうな住所と、名前だ

けは自分のものを書いておいたのだった。

『Re:Re:Re:Re:Re: 今更あの時の賞品だってのか?』

『Re:Re:Re:Re:Re:Re: 今更ってことないだろ。キャンペーンが最近終わったのかも知れないし』

まぁ確かにそうかもしれないけど。僕はゴミ箱から青い、いかにも胡散臭い封筒を取り出し、一応もう

一度中身を読んで見ることにした。新手の悪徳商法だという固定観念はそのまま根付いてるけれど。

【夏だ!宝探しだ!! わくわくサマーキャンプ in無人島】

僕はあまりの胡散臭さにもう一度ゴミ箱に投げ捨てそうになった。が、なんとか思いとどまって早速ヤ

スに返信する。

『Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:』…

Re:が多い。僕は意外とこういうのが気になる人なのだ。

『無題 どう考えても恥ずかしい。間違いなくやめておくべきだ。』

『Re: バカ、全部読んだか?100万円だぞ、100万円』

何を言い出すのかと思いもう一度よく見ると、確かに右下にそれらしき記述がある。

【見事宝を発見したチームには、100万円相当の豪華景品を進呈!!】

…どこまで胡散臭いんだろう。むしろ、本当にこれで参加者を募る気が主催者側にあるのか疑問であ

る。こんなものに引っかかるようなバカがこの世にいるとは。僕は心底悲しくなった。

『Re:Re: あのな、詐欺って知ってるか?』

『Re:Re:Re: なんて読むの?』

呆れ果てた僕は二度寝を決意した。

それから2時間くらい経っただろうか、今度は電話で叩き起こされた。不機嫌極まりない声色で出る

と、向こうから能天気な声が返ってくる。

「寝起きかな?おっはよートモくんー」

「何。ってかヤスにトモくんって言われると調子狂うからやめて。」

「朝はひどいじゃん~ずっと返信待ってたのに」

「あーあれね。サギだよサギ。勉強になったでしょ?」

「あの後すぐ兄貴に聞いたよ。何やらかしたんだって問い詰められて大変だったんだから」

「それで今度は何?」

「昼過ぎから亮介ん家で会議の続きやるから」

「うそぉ…メールとかでいいじゃん…」

「いちいち送るの面倒臭いだろ。ま、とにかくそういうことだから。」

「はいはい」

「絶対来いよ!」

「はいはい」

「あ、昼飯は食ってきてね」

「はいはい」

「じゃ!」

ツーツーツー。

僕は三度寝を決意した。


空腹に耐え切れず起きたのはそれからさらに2時間後だった。11時ともなると、朝ごはんにすべきか

昼ごはんにすべきか迷う。いつもなら迷っている間に昼ごはんにせざるを得なくなるのだが、ヤスがま

たうるさくなると面倒なので、「早めの昼食」ということで手を打った。

本日のランチはカレーライスと野菜ジュース、つまり前日の残り物。カレーは一度食卓に顔を出すと何

日間か常駐してくれる。ちなみに僕の持論は"カレーこそ少年のロマン"。そう、こんなに幸せで優雅な

ランチタイムを邪魔する者は許さない。僕は携帯電話の電源を切り、仰々しく一礼した。

「いただきます。」


結局家を出たのは13時過ぎになった。僕は自転車に跨り、とりあえずヴィクトリーロードを目指す。

周りは畑ばっかりだから近道でもできそうなものだが、自転車が通れる道は実は限られている。かと

いって近道を選んで歩くと、逆に時間がかかる。最速で行くには彼ら二人の通学路を通らなければ

ならないと思うと、何故かひどく理不尽な思いがするのだった。

亮介の自宅はマンションだが、借り手ではなく貸し手である。昨今は入居者に難癖つけられたりして面倒

なんだよと言っていたが、それでもマンションの最上階は憧れの場所だと僕は思う。亮介の両親も共

働きだが、佐伯家のように生活費云々ではなく趣味というか、まぁそういうものらしい。つまり夏休みに

なると日中の殆どの時間、最上階を亮介は独占していることになる。いつだったか亮介がそのことに

ついて口を滑らせてしまった。ヤスがそれを聞き逃すはずもなく、「長期休暇中・平日・暇」の条件が揃

えばアポなしであろうと押しかけるようになった。僕もそれに乗っている身だからヤスを悪く言うことは

できないが、本来は良くないことだなという自覚くらいは辛うじてある。亮介も最初は戸惑っていたが、

ヤスが思いのほか静かに過ごしてくれることを知り、特に拒むこともなかった。最近では両親が不在で

あれば亮介のほうから僕とヤスを呼ぶこともあった。アポなしで行った日と亮介に呼ばれた日では出

てくる茶菓子の質が違うのだが、それでもヤスはアポをとろうということはしなかった。

この辺りでは比較的大きな部類に入る笹川公園を東へ横切ると、途端にビルが多くなる。目の前には

大方駅まで続く街唯一の片側二車線の並木道が伸びている。あと2、3ヶ月も経てば、ここは左右を

埋め尽くすイチョウで黄色く、鮮やかに彩られる。二車線とはいえ交通量はたかが知れたもので、僕

はこの「黄道」の真ん中を自転車で一気に駆け抜けるのが好きだった。この季節はさすがにまだ青々

とした葉ばかりだが、車道を全速力で駆け抜けるのはそれだけでも充分に気持ちがいい。

駅までの道のりを半分くらい過ぎたあたりでに交差点がある。ここを右に曲がるとヤスの家へと向かう

道で、左に曲がると亮介の家へと向かう道になっている。亮介の家に行くときは右から左へヤスが自

転車を飛ばすところに合流できることも多いのだが、今日はやっぱり僕が遅すぎたらしい。

交差点を曲がって50mも進めば左手にレンガ造り風のマンションがある。ここの9階、すなわち最上階

が亮介の自宅である。僕は自転車を駐輪場に置き、エントランスに入る。

「9、0、1、呼出」

車道を飛ばしてきたせいもあって、ここへ辿り着くまでに多少息が上がってハイな状態になっていた。

ボタンを押す手も自然とリズム感よく、早くなる。傍からみたら単にせっかちな人間にしか見えないん

だろうが、運動後こうなるのは僕だけなんだろうか、といつも思う。運動後の僕は普段のヤス並みにせ

っかちだ。そんなわけで早く開けてほしい僕の思いとは裏腹に、「ピーン…ポォーン…」とさも面倒くさ

そうに、ゆっくりと呼び鈴が鳴る。

「はいよ~」

スピーカーから間の抜けた声がして、自動ドアが開く。初めてきた時は「もし人違いだったらどうするん

だろう」とか勝手に心配していたが、最近のインターホンはモニター付きだとわかった時には人知れず

恥ずかしかった思い出がある。トラウマというわけでは勿論ないが、インターホンを使う機会があるた

びにそのことを思い出してしまい、そのたびにやっぱり若干恥ずかしい。

ロビーはそんなに広くないが、マンションの一階部分はコンビニとクリーニング屋に貸し出しているくら

いだから、敷地自体は相当広い。実際に部屋を貸し出しているのは3階からで、2階部分はカタカナで

書かれたよくわからない社名の企業が事務所として使っている。

僕はエレベーターで9階へ向かう。ここのマンションのエレベーターは特殊で、9階に行くときだけは9

を押した後に「4・6・4・9」と続けて押さないとロックが解除されない仕組みになっている。最初は何

度9階を押しても行けず、散々悩んだ挙句8階まで行って非常階段を使った。亮介は本当に言い忘れ

ていたらしく僕は何べんも謝られたが、後ろではヤスが悪意に満ちた笑みを浮かべていた。僕はその

表情を思い出すと今でも腹が立つ。

エレベーターを降りると、すでに玄関が開いていた。僕は瞬時に嫌な予感がし、脳が警戒態勢に切り

替わるのがわかった。ここで何も考えずに入っていったらまんまと罠にかかる。前々回は入った途端

水鉄砲でジーンズにお漏らしでもしたような模様を付けられ、前回は前方を警戒していたら今度は後

方からハリセンで思いっきり叩かれた。今回はどこだ、と僕は全方向に注意を向ける。見たところ、非

常階段には人の気配がしないから、後方奇襲策ではなさそうだ。となると前方か。しかし玄関を見ると

靴が普通に並べられており、水鉄砲などを使うこともなさそうだから、前方待機策でもなさそうだ。とな

ると考えられるのは…上か。しかし外からでは死角になっていて、玄関の天井に何が仕掛けてありそ

うかすら皆目見当がつかない。僕は少しでも天井が見えるように低く屈みながら、ゆっくり慎重に一歩

ずつ玄関へ近づいていった。まだ大丈夫、まだ大丈夫。まだ…

「ぷっ、他人ん家の玄関先で一人で何やってんの?はい、今回は放置プレイでしたー」

…この野郎、と殴りかかりたい気持ちだったが、しかし今回に関しては「何もされてない」のだから勝

手な自分の被害妄想という面も否定できず、僕は黙って靴を脱いでリビングへ向かった。

亮介の家はマンションまるごと一階とあって、全ての部屋が基本的に広い。特にリビングは学校の職

員室くらいあるんではないかという程で、初めてきたときにヤスが「うん、この部屋だけで3LDKはある

な」と意味不明な発言をしたくらいだった。僕は低反発クッションだかなんだかの座椅子に座り、横に

荷物を置いた。

「で、会議の続きだろ?どの辺まで話進んでるんだ?」

「いや、俺もいまきたばっかりだからまだ何にも。実はエレベーター乗るときたまたま後ろ振り返ったら

お前のチャリが通り過ぎたから、玄関開けといてやったんだよー。隠れた親切だろ?」

「全っ然いらねーよ。あれ、亮介は?」

「あーなんか自分の部屋行ってる。なんでも会議の資料を持ってくるとか?」

「資料?」

僕がそう言ったのと丁度同じタイミングで、亮介がリビングに戻ってきた。手には見覚えのある、青く

て"胡散臭い"封筒を持っている。亮介の笑顔からすると、たぶん最悪の展開だ。

「あったあった、もう失くしたかと思ったよー。」

僕はあからさまに嫌な表情を作っていたが、構わず亮介は喋り続けた。

「これこれ、これさー二人にも来たでしょ?ちゃんと中身読んだ?面白そうだよねー。ちょうど旅行の話

とかもあったしさ、これならタダで行けるみたいだしいいんじゃないかなと思って。時期的にも今年の夏

休みくらいしかこんな遠出できないし、二人が良ければぜひ参加したいなーって。三人一組って書い

てあるから二人の予定次第なんだけどね。あーでもこういう冒険とか大好きなんだよね。漫画とか小

説とかそういう別の世界にしかないものだと思ってたから、憧れでさぁ」

普段の亮介からは想像できないほどの饒舌っぷりだった。ヤスも呆気にとられているみたいで、口を

ぽかんと開けたまま動かなかった。

「あれ…二人ともどうしたの?あ…こういうの嫌い?子どもっぽい?」

しばらく間があって、ヤスが物凄い笑顔で僕を見た。「決まりだな」と言っている顔だった。

「わかったよ。まぁ暇だし、行ってもいいよ。」

「そうこなくっちゃな智哉クン!」

「ホントに?やったぁ、ありがとうトモくん!」

「ただし、うちは親の許可が要るけどね」

うちの両親はなんと言うだろうか。何も言わない、というのが妥当な線なんだろうが、今回ばかりはは

っきりとダメといってほしい気分だった。

「とにかく、OKもらえたら連絡してよ。それからいろいろ決めよう」

こうしてこの日の会議は異例な早さで終わり、結局僕とヤスは終日グダグダして帰った。

後日、夕食の時間に僕はその話を切り出した。案の定、両親は特に反対することもなく、あっさりと宝

探しの旅の参加が決まったのだった。僕は電話で亮介にその旨を伝えると、「早速登録する、案内な

どが送られてきたらまた連絡する」という返事がかえってきた。その嬉しそうな声からすると、もう後に

は引けそうもない。

僕は部屋のベッドに身を放り出した。もうどうにでもなれ、と半ば自棄になりながら。僕は仰向けのま

ま、宝探しなんて行ったら天井すらない場所で過ごすんだろうなと悲嘆にくれた。旅行と言えば、僕は

温泉でも浸かって、おいしいご飯を食べて、観光名所を巡るようなごく一般的なものを想定していた

し、実際それでよかった。何がヤスや亮介をそこまで惹きつけたのか僕にはまだわからなかった。僕

は今朝のヤスの電話で渋々ゴミ箱から取り出した青い封筒がベッド横の机に放置してままであること

に気づき、中身を取り出した。僕が胡散臭いと思いつつも何とか読んだのは一枚目のパンフレットの

ほうで、二枚目の詳細と応募要綱が書いてあるちゃんとした書類には目すら通していなかった。僕は

悪徳商法や詐欺だったとしたらどんな手口が考えられるか、可能性のある展開を思い浮かべながら

細かい部分まで読んでいった。すると読み始めて間もなく、僕にとって致命傷となりかねない記述に

目が留まった。


【御両親は船内にて御宿泊していただきます。期間中は以下のサービスを御利用いただけます…】


まさかそんなことできるはずがない、と僕は思った。それと同時に、もしかしたら宝探しに行けなくなる

かも、という微かな希望の光が見えた気がした。もっとも、希望と銘打っておきながら、同時に亮介を

裏切ることになるような罪悪感もあった。僕は全力で母親を説得し、それでもダメなら素直に謝る心積

もりでいた。

夕食の片付けを終え、リビングで寛いでいた母親はいつになく親身に考えてくれた。父親は自分の部

屋で持ち帰った仕事に取り掛かっているようだ。仕事モードの父親はそれが終わるまでまず部屋をで

てこないから、僕と母親はどうやったら父親を説得できるか、その殺し文句を探す方向で話を進めた。

どうやら母親自身も最近はまともに旅行に行っていないこともあって、前向きに考えてくれているようだ

った。そうとなれば、僕は最悪の場合旅行社に申し出て、何とか片親でも参加させてもらえないか頼

んでみようかとも考え始めた。

「この期間中、智哉はずっと島に泊まってるんだよね?」

「そうなるね。」

「じゃぁ実際にはあたしとお父さんの二人で過ごすのよね?」

「それで食いつくかな、あの父さんが?」

「あたしからどーしてもってお願いしてみるわよ。」

「ありがとう、頼むよ。」

父親が渋々ながら了解してくれたのは、他でもない母親のお陰だ。母親のほうも嬉しそうにしてくれて

いたから、切り出した僕自身も妙な責任を感じずに済んだ。

数日後。

日中の気温は連日30℃を超えるようになり、いよいよもって真夏の気分になってきた。ミンミンゼミや

らアブラゼミやらの鳴声も元気を増してきたようだ。僕はTシャツや長ズボンでは耐えられなくなり、タ

ンクトップに短パン、サンダルという格好が定着した。それでも外にいると何もしていなくても汗をかく

ので、スポーツタオルを首からかけるのも忘れない。こんなスタイルでいると、この辺りで僕ほど夏を表

現しきっている人間はいないんじゃないかと思うほどだ。この日も僕はそんな格好で、笹川公園へと自

転車を走らせていた。ヤスと亮介に集合がかけられたのだ。何でも宝探しの「訓練」をするためだとか

で、つまるところ、宝探しごっこをしようということらしい。この時期になると、自転車で風をきっているう

ちは涼しくていいのだが、止まると最悪である。その瞬間滝のように汗が噴出し、タンクトップが体に

張り付く。僕はそんなに急いできたつもりもなかったが、公園横に自転車を止めるとすでにびっしょり汗

をかいていた。僕は公園の目の前にあるコンビニに寄ってコーラを買ってから、二人のもとへ向かっ

た。

約束どおり公園のほぼ中央にある広場のベンチに二人はいた。

「遅ぇーから!コーラとか買ってる場合じゃないから!!」

「いや無理。暑いし喉渇くし無理。」

「まーいいや、じゃぁ始めるぞ。」

「ルール説明とかないの?」

「あぁそうだった」

本当に「the せっかち」と言うか何と言うか、際立った個性の人間だなと僕は思った。

「じゃぁ説明するぞ。三人がそれぞれ自分の財布を隠される。一斉に探し始めて、自分のを一番早く見

つけたやつが他の二人にアイスをおごられる。以上。」

以上、じゃないよ。僕は渋々財布を出したが、こんなことをしてもし他の誰かに盗まれでもしたらと思う

と気が気ではなかった。僕はヤスの財布の担当になった。

「よーしみんな持ったな?じゃぁ制限時間5分で隠して、またここに集合!」

そう言い放つやいなや、二人は勢いよく駆け出して行った。

僕が時計を持っていないことに気づくのはもう少し後だ。

結局僕は亮介が隠した財布を10分足らずで見つけた。亮介がどこに隠したのかは知らないが、僕は

公園内の売店で、「落し物」として届けられ店頭に並べられていたそれを見つけたのだ。僕が何かを

探している素振りから、もしかしてと思って店員のおばさんが声をかけてくれたらしい。貴重品な

んだから管理はしっかりしなきゃとも言われた。僕はなぜ猛暑の中こんなことに付き合わされた挙句

に叱られなきゃならないのかとだんだん馬鹿馬鹿しくなってきて、一人でアイスを買って帰ることにし

た。3時間後、僕が部屋でごろごろしていると、半べそ状態のヤスから電話があった。僕に答えを聞く

のが悔しくて亮介と二人でずっと探していたらしい。僕がヤスの自転車のカゴに入れてあるよと教えて

あげると、何も言わず電話が切れ、その後すぐに「覚えてろよ」というメールが来た。

その日以降、宝探しごっこは行われなくなった。

眼下には信じられないほど透明度の高い海が広がり、色鮮やかな珊瑚礁と、群れを成して泳ぐ魚た

ちが見える。こんな近場にもまだこんな景色があったのかと、僕はため息の出る思いだった。

僕たちの乗った船が目指す島が前方に見える。思っていたよりも大きく、本格的な「冒険」になりそう

だと感じた。隣で身を乗り出している亮介も目を輝かせている。

その島は周囲が砂浜になっており、海水浴場としても充分に機能しそうな白い輪郭が際立って美し

い。しかし、その白い輪郭から一歩踏み込めばそこはすでに森、とでも言わんばかりの深い緑が全体

を覆っている。船からでは島は砂浜の白と森の緑しか確認できず、宝探しをしようにもあの緑の中に

道が存在するのかと問いたくなるほどだった。ヤスや亮介は到着が待ちきれないようで、何やかやと

騒ぎ立てている。しかし僕はこの島に、ある種の違和感を覚えていた。この遥かに広がる青空のも

と、風にそよぐ緑の木々も、照りつける陽の光に輝く白い砂浜も、海の底まで見通せる透明な海も、ど

こか寂しげな感情を孕んでいるように見える。それはまるで作り笑いのように、僕たちを誤魔化してい

るかのように。

この島は、病んでいる。

僕にはそう思えて仕方がなかった。


島には港のような設備は勿論なく、そのため船を寄せるにも限界があった。到着まであと数百mとい

うところで錨が下ろされ、ここから先は他の方法で行くしかなかった。船が止まってから暫くして、ラウ

ンジに集まるようにとの船内放送が流れた。僕たちはすぐさま指示に従ったが、なかには景色に夢中

で動く気配のない人もおり、放送は何回も繰り返された。ヤスはそんな放送を聞くたびに苛立ち、早く

しろよだのこれだから田舎者はだのと愚痴を零していた。実際のところ僕たちも立派な田舎者であり、

先生に怒鳴られてから漸く行動を始めるような怠惰な人間なのだが、ヤスはそんなことお構い無しに

ラウンジへ入ってきた人を片っ端から睨んでいた。先ほど僕たちが騒いでいたステージには黒服が立

っていた。

「えー、皆様お揃いでしょうか」

はーい、とヤスが茶化すような返事をした。僕は恥ずかしくなってヤスの頭を軽く叩く。

「それではこれより島へと皆様を御案内しますが、いくつか注意点や、ルールなどの説明をいたします

のでよくお聞きください。とは言っても口頭では限界がありますでしょうから、資料を一部ずつ配ります

。そちらも合わせてご参照ください」

僕たちは説明そっちのけで資料を熟読した。

【 ◆宝探し◆ ~ルールと注意事項~ 】

◎期間: 8月9日より一週間

◎参加人数: 30人(10チーム)

◎荷物: 私物の持込は一切不可。食料などは支給制で、一日ごとに各チームのスタート地点にラジコンボートで届けます。持ち運びには指定のリュックを使用していただきます。

◎一週間後、宝を所持していたチームの勝ちとなります。それまで宝探しは続行されます。

◎途中棄権などの場合は、定期巡回船に見えるところで待機して下さい。

◎その他、不明な点は回答可能な範囲で指定のトランシーバーにて対応します。

「わかったような、わかんないような…?」

亮介のさっきまでの目の輝きに曇りが生じたみたいだった。誰か詳しく説明してよ、と言わんばかりに

大袈裟に首を傾げている。説明している黒服も配られた資料を読んでいるだけで、特に補足説明をす

るわけでもなかった。

「ま、なんとかなるっしょ。」

「ほんとに?ヤス、どういう仕組みか理解できたの?」

「まぁな」

「うっそだー!?」

「まぁな」

「どっちなのさ」

亮介は困り果てた顔をしていたが、ヤスがとりあえずわかった風を装うのも無理はない。僕だって要領

を得ないような簡素な文章だったし、おそらく周りにだって理解できてない人間はたくさんいるはずだ。

心理的に優位に立とうとするなら、ヤスを見習うべきだと僕は思った。

「ねぇ絶対ヤスわかってないよ。智哉はどう?」

「まぁな」

亮介は肩を落とした。

説明会が終わり、いよいよ船を下りるときが近づいてきた。僕たちも緊張しているのか、なんとなくお

互いに無口になってしまう。黒服に呼ばれた順番にボートに乗り込み、スタート地点へと向かう。威勢

良く返事をして向かうチーム、黙ったまま気だるそうに向かうチームなど、色々いた。僕たちのチーム

はと言えば、威勢のいいのと、意気消沈しているのと、そして気だるそうな僕。どこからどうみても、一

欠片の統率感もないダメチームの典型だっただろうと思う。

僕たちはまるで飛行機にでも乗せられるんじゃないかというような厳重なボディーチェックを受け、持っ

ていた荷物を全て預けさせられた。亮介は母親からもらったというお守りだけはなんとか許してもらっ

たが、彼の愛用しているハンカチは罷り通らなかった。もっとも、ハンカチが無人島でどう活躍するのか

についてはよくわからないが。ハンカチと涙の別れを惜しんでいる亮介を横目に、ヤスはどんどん先へ

進んでいった。僕も亮介を宥めながら後を追った。階段をひたすら折り続け、尚も進むと、倉庫のような

場所に出た。目の前には重厚かつ大きな扉が開いており、その先には海と、そしてこれから向かう島

が見える。僕たちは扉に向かって歩いていく。まるで導きの光に吸い寄せられるようだった。外は風

が強く、下手をすれば海に放り出されそうなほどだ。僕たちは扉から下へと僕たちの身長の倍くらいの

長さの梯子を降りていく。この船には一週間戻れないと思うと、少し怖い感じがした。

全員が小型のボートに乗ると、黒服が「それでは参ります」と言って漕ぎだした。海面に近

いところから見渡す海は殊更に広い。ヤスは海を覗き込んで危うく落ちそうになったりしていた。

「亮介見てみ!?魚!さかな!」

「うん…」

「おいおい始める前からそんなテンションでどうすんだよー。ほら涙拭けって」

「拭くものがない…」

「知ってますぅー」

そういうとヤスは馬鹿にしたように笑う。亮介はさらにしょげた。そんなこんなのやりとりをしているうち

にボートが島に着いた。黒服から指示があったのにも関わらず、さっきまで我先にと先陣をきっていた

ヤスも勿体ぶっているのか降りようとしない。お前先行け、と言われて仕方なく僕が先に降りた。船か

ら見ていた印象通り、ここの砂浜はきめ細かく、さらさらとしている。陽の光を浴びて火傷しそうなくらい

に熱い砂だった。僕たちは日陰まで誘導され、三人分の荷物が入った二つのリュックが渡された。

「いま、この島を取り巻くようにして10チームの方々が一斉にスタートを待っています。各チーム一人

ずつ黒服が担当させていただいております。我々はスタートの合図とともに本部のある船へ戻ってし

まいますので、スタート以後は私は如何なる要求にも応じかねます」

そこで一呼吸おいて、黒服は続けた。

「スタート前になにか聞いておきたいことはございますか?」

「なにか、といわれても全体的によくわからないんですが…」

僕は反射的に答えた。

「まぁ、それは意図している部分もありますので、謎解きと思っていただいて。特にこれといって具体

的な質問などないようでしたら、本部に準備完了の連絡をしてしまいますがよろしいですか?」

「はぁ…まぁ。」

僕らは自信なさ気に頷いたが、黒服は無線でさっさと連絡をとってしまった。

それから少しあって、今度は黒服が無線を受信した。

緊張、不安、高揚が入り混じる。

鼓動が高鳴っていくのがわかる。

いよいよだ。


僕らのいた船から、大きなサイレンの音が聞こえた。それと同時に、黒服がスタートを告げる。

誰からともなく、僕たちは三人で小さな円陣を組んだ。

「頑張ろう。」

亮介もさっきまでとは一転、気合が入ってきたようだ。

「おう、とっとと見つけてやろうぜ」

「じゃぁ行こうか!せーのっ」

三人の息が久しぶりに合った。ここからは協力していかなければいけないが、この分ならやっていけ

そうだ。僕たちはとりあえず様子見も兼ねて島の中を散策しながら作戦を練ることにした。

島の中は、その外見から受ける印象と変わらない森が広がっていた。生い茂る木々は降り注ぐ太陽

光の殆どを遮ってしまっており、真夏の気温を想定した服装をしてきた僕たちには肌寒いくらいだっ

た。道は舗装などは勿論されておらず、草を避けつつ掻き分けつつ歩いていくしかないような獣道だ。

僕たちは拠点となるような手ごろな場所を探して歩き続けた。

それから何分歩いただろうか、ふいに僕たちの目の前にぽっかりと空いた教室にして半分くらいの広

さの空間が現れた。島の中心部に向かって歩いてきたが、ここまで緩やかな傾斜が続いていたことか

ら、おそらく島全体で一つの丘陵を成しているんだろうと想像できた。僕たちは荷物を降ろし、最初の

休憩をとることにした。

「誰にも会わねぇな」

「な~んにもないしね」

宝探しとは言っても、今までの道のりは単なるハイキングに近かった。ヤスと亮介が愚痴を零すのも

無理はないかもしれない。実際僕も、「宝探しをしている、他のチームと競い合っている」という実感が

欲しいという気持ちはあった。歩いてきた距離を考えれば、そろそろ傾斜がなくなって平坦な道になる

か、もしくは他のチームの面々と顔をあわせてもいいようなものだが、そんな気配すらないように思え

る。この島が外見と違う点があるとすれば、そこだ。この島は想像以上に広く、勾配や道などの条件

は厳しい。

「せめて地図とかくれよなぁ…」

「だよねー。宝がどこかより僕たちがどこにいるのかもわからないし…」

「疲れたね」

「あれ、智哉にしてはめずらしく弱音じゃね?」

「いや、当然の感想っしょ。これがあと一週間続くって考えると余計に磨り減るわ」

「わーっ。それ台詞はタブーっしょ!」

「トモくん勘弁してよ~」

「ごめんごめん。」

そうは言っても、一週間なんとかしなきゃいけないのは変えようのない事実だ。せめて地図があれば。

本当にそれだけで大きく展望が開ける。僕たちは僅かな望みを荷物に託し、開けてみることにした。

「あったじゃん。」

「うん、あった。」

「あるにはあったけど…」

荷物の中、食料の下に敷かれるようにあったのは三枚のカードだった。全体を九等分くらいに分けたと

思われる図がそれぞれに描かれており、明らかに全て違う場所であることが読み取れた。三人ともど

ういった配置なのか推理を始めた。

「これは…どこにも海が描かれてないから、たぶん中央だな。」

「向きは?」

「わかんないけど…これ確かトーコーセンってやつだろ。智哉こういうの得意だったよな」

「いきなり無茶振りすんなって。でも歩いてきた感じからするとこうじゃない?」

僕はそういってからカードをくるくる回し、なんとなくしっくりくるところで止めてみた。これが正しいだな

んて保証はどこにもないのに。ヤスも亮介もふーん、とただ納得して残りの二枚について考え始めた。

「この道は…こーで、そうするとこのカードが…」

「でもこれとこれが繋がってるとするとこの部分があんまり…」

ヤスも亮介も「地図パズル」に夢中になってしまったようだった。僕は二人に任せ、ふうっとため息をつ

いた。目の前には歩いてきた道がずっと続いているはずだが、草や木のせいで遠くまで見渡すことは

できない。台車のようなものでもあれば傾斜を利用して一気に浜辺まで戻れないものかと馬鹿な考え

を巡らせていた、そのときだった。僕たちの来た道から少しずれた位置にある、大人では通れないかも

しれないような狭い道の草の根元に、木々の合間を縫うように伸びてきた光を受けて輝く何かを認め

た。人知れず鼓動が早くなっていく。まさかこんな早くとは思いながらも、感情を抑えきれない。

「なぁ…!あれ…なんだ!?」

えっ、と二人が同時に僕の視線の先に注意を向ける。

「どこだよ…あっ」

「嘘!?」

僕たちは恐る恐るその「何か」に近づいた。


果たしてそれは箱だった。

そこが居間であれば懐石料理が、書斎であれば硯がでてきそうな艶のある美しい黒い箱。

この場所には似つかわしくないことは確かな代物だった。

僕たちは歓喜の声を抑えられなかった。

土の中でさえ輝きを失わない重厚な存在感に圧倒される。

「開けてみろよ!」

「やったねぇ!すごいねぇ!」

ヤスも亮介も感情に任せて僕を急き立てる。

僕は心を落ち着けるために深呼吸し、この「希望」に手をかけた。

「早く、早く」

ヤスはさらに急かす。僕はしかし目を瞑り、ゆっくりと蓋を持ち上げた。

「え…」

「なんだよ…これ…」

僕らの目に飛び込んできたのは眩い光ではなく、一枚の紙切れだった。

御丁寧に三つ折りにされた白い紙で、この「希望」には相応しい身なりをしている。

裏切られた気でもしたのだろう、ヤスはその紙を乱暴に広げ、内容を読み始めた。

「んだっつーんだよ、えーと…?おめでとうございます…?」

「何言ってんのヤス?皮肉かよ」

「書いてあんだよ!!読むから黙ってろ!!…えーと…箱の内蓋を開けろ!?」

「内蓋??」

今度は僕がはやる気持ちを抑えられなかった。

内蓋を外すと、外装に負けないくらい重厚で、そして異端な様相を呈した拳銃が出てきた。

僕と亮介はぞっとして一歩後退る。

「ほんもの…?」

「そんなわけないよな…ヤス…??」

手紙の内容を全て読み終えたヤスの顔からははっきりわかるほど血の気が引いていた。

「嘘だろ…?」

亮介が願いにも似た問いを発する。

「…なんて書いてあったんだよ?冗談じゃないぞ!!」

僕は言葉を振り絞って恐怖を紛らわそうとした。

「わからない…」

震えるヤスからようやく出た言葉は、僕らにとって理解しがたい暗号のようだった。

「わからないって何が!?」

ヤスは持っていた手紙を放し、頭を抱えて蹲ってしまった。

僕は手紙を拾い上げ、ヤスの恐怖の根源を追った。


【おめでとうございます】

宝箱NO.3の発見、おめでとうございます。

どうぞ内蓋を開け、中をご覧ください。

箱の中には無作為に入れられた以下の品物のうち、一つが入っています。

・小切手
・乗船券
・回転式拳銃(S&W M29)
・エアーガン
・水鉄砲
・防弾チョッキ
・日本刀
・模造刀
・双眼鏡
・銃弾(20発分)
・特殊レーダーA
・特殊レーダーB

*特殊レーダーA,Bはどちらも同じ機能で、回転式拳銃および日本刀の現在地を示します。


僕らは漸く気づいたのだ。

想像を絶する「何か」の、渦中にいることを。


智哉たちが宝箱を発見するその数時間前のこと。

永田町にいても違和感のなさそうなほどスーツ姿が板についた宮前翔太は、スタートの合図とともに

チームメイトを襲い、二人を殺害していた。翔太はスーツに忍ばせていたスタンガンを使って二人を気

絶させたあと、無表情のまま彼らを殴り続けた。翔太は元々ボクシングジムに通っており、高校でもボ

クシング部に入部した。しかしそこでは相手になるような部員はおらず、半年を待たずに辞めてしまっ

た。翔太の高校は県内強豪校として知られていたから、翔太が同世代の中で如何に飛びぬけて強か

ったかは想像に難くない。翔太の実力からすればスタンガンなど必要なかったが、体力の温存や時

間の節約などに大いに役立ったことは事実だ。問題は、翔太が如何にしてスタンガンを隠し通せたの

かということだが、これは翔太ですら理由がわかっていないのだった。

「ごめんな。でもこれでお前らのくだらない人生は清算できたし、俺も三人分の食料や水を確保

できた。その上、お前らに足を引っ張られる心配もしなくて済む。こうするしかなかったし、これが最善

の選択だったんだよ。」

翔太は二人の遺体をその場に残し、一人歩き始めた。



僕はなんとも言えぬ不安に駆られ、三人が隠れられる場所を探すことにした。僕が宝箱を持ち早足で

歩き出すと、二人はわけがわからないといった顔でついてくる。

「おい智哉!意味がわかんねーよ、なんなんだよこれ!」

「トモくん!?」

「しっ、静かに。こっちだ、ついてきて」

僕はカードに描かれた地図上の道を外れ、茂みの中へ進む。

「ヤスが持ってる紙切れ…たぶんそれは大真面目な文章なんだよ」

「つまり…何!?」

「小切手と乗船券…それに双眼鏡と、後は全部武器だって書いてあるだろ」

「待て待て智哉クン!?エアーガンはいいとして、水鉄砲って武器か?」

「贋物だってバレればね。」

「そうか、誰が何を持っているかわからないんだ!!」

亮介が納得したように頷く。

「その中から何を見つけられたかによって、この宝探しの有利不利が決まるんだ」

「戦えってことか!?」

「もっと野蛮かもよ」

二人の目を見て、僕はこれ以上ないくらい真剣な表情で言った。

「殺し合って、奪い合えってことさ」

二人は暫く言葉を失ってしまった。僕は二人がついてきていることを確認しながら進み、茂みの中にあ

った大きな木の根元に隠れた。荷物を降ろし、幹に腰掛けて話を続ける。

「さっき亮介が言ったように、確かに誰が何をもっているかはわからない。だからこそ、この宝探しは難

しいんだ。例えばそこに書かれている模造刀をもっているチームがいたとする。そのチームが別のチー

ムと対峙したとしよう。そのチームはどうする?」

「模造刀でも殴るくらいできるんじゃねぇの?戦えるだろ。」

「それじゃサルだ。いいか、場合によっちゃ戦いを避けて、しかも食料なんかも調達できるんだ。」

二人は頭の上に「?」が浮き出そうな表情をしていた。

「ヤスが模造刀を持ってると仮定しようか。そのとき、相手が丸腰だったら…どうする?」

「ぶん殴る!!」

「普通はな。でも考えてみろよ、逆の立場だったらってことをさ。」

「えぇ!?自分ならって仮定したばっかじゃん…」

「まってヤス…そうか、なるほど!」

亮介はわかったようだったが、もう一人のために僕は説明を続ける。

「近づいてくる相手が、なにやら刀のような物を持っているんだ」

「刀っていっても模造と…あ!!」

「そーゆーこと。わっかんないんだよ、相手から見たら。そんなに明るいわけでもないし、夜にでもなっ

たら僅かな光を反射していかにも本物っぽく見えるだろうな。」

「でも斬れないことには代わりないだろ?無理やりやんのか?」

「まったく逆だよ。こういうとき、相手は本物の刀だと仮定して行動するはずだ。ここで贋物だと割り切

って突っ込んでくるような馬鹿はいない…と思いたい。」

二人はうんうん、と頷く。

「そうしたら相手との間にはある程度の物理的な距離が保てるはずなんだ。この状態で、交渉に持ち

込む。相手に戦うか、それとも見逃す代わりに食料や情報、武器を譲らせるかをこちらが心理的に優

位な状況で選ばせることが出来る」

「まぁ見逃してもらうほうを選ぶわな。そしたらどーすんだ?」

「斬りかかる。」

「卑怯だよそんなの!!」

「違う、そこまで演技しないと奪還されるかもしれないってことさ。最初からある程度の距離があるか

ら、本気で追いかけなければ逃がせる。戦わずにってのはそういう意味なんだ」

「でもさ…相手が万が一戦うを選んだらどーなっちゃうの?」

「こっちには贋物だろうと刀がある。優位には変わりない。相手の実力を見極めつつ戦って、ダメなら

逃げりゃいい。勿論そういうときの作戦も立てておく必要はあるけどね。」

「相手が本物の刀を持ってたら?」

「簡単だよ、近づかなきゃいいんだ。こちらにすでに贋物がある時点で、もう一本が本物である可能性

はわかりきってる。なら、刀なんて遠くからみても持ってるのがわかる大きさなんだから、その相手か

らは逃げればいいだけ。」

亮介は半信半疑な顔つきだが、一応納得したように首を縦に振る。ヤスはまだ頭が追いついてないよ

うだった。

「それってさ…相手が刀じゃなくて拳銃だったらどうするの?」

「そこなんだよ。」

おい、という視線が僕に集まる。そんな目をされても、僕自身命が懸かっている身で、ここまで整理し

て説明するだけでも大変なことくらいわかってほしいものなのだが。

「わかんないってこと?」

「というか、どうすればいいか、がわからない。実際拳銃なんて使ったことないしさ。エアーガンや水鉄

砲とどのくらい違うのかもわからない。」

それなら、とヤスが僕の持つ拳銃に目配せした。

「俺らの勝ちじゃね?」

「恐怖心に支配されるなよ。これが本物かどうかわからないってさっき自分で言ってただろ」

「でも贋物だとしても相手より優位にたてるって言ってたじゃん」

「拳銃は隠せるから、相手が持っているかどうかで判断できない。」

「エアーガンとか意味ねぇじゃん!!」

「まぁ少なくとも欺くことは不可能かな。」

「じゃぁリアル拳銃を持ってるヤツが最強ってことか」

「いや、そうとも限らない。銃弾には限りがあるから、もし使い切れば無用の長物だ。それに例えば暗

闇でいきなり刀剣と接近戦になったら五分の勝負だろうしな。あと拳銃はレーダーに映るから、最後

の最後でレーダー所持者に逃げ切られる可能性もある。」

「そんなん拳銃捨てればいいだろ?」

「相手がレーダーを持っていることは前提条件じゃない。持っていれば黙って勝てる武器を推測だけで

簡単に捨てるのは惜しいはずだ」

「なるほど、じゃぁレーダー持って逃げてりゃいいのか?」

「小切手も乗船券も素手で手に入れる自信と運があればな。拳銃や刀剣持ってるヤツが小切手と乗

船券も持ってたら相手が何の不自由もなくゴールするだけだ」

「え~じゃぁどうすればいいの~??」

「多く情報を持つチームに、なるべく有利な状況で出会う。これがベストだと思う」

「宝探しはしないってことか?」

「もう少し時間が経ってからだな。今はまだリスクが高すぎる」

「リスク?」

「この宝探しは僕たちを含めて10組のチームが参加してるんだ。当然、開始直後の今は10組30名、

全員がいると思っていい。普通の宝探しならいつまで経っても人数は変わらないから、時間を無駄に

しないためにもすぐに行動に移るべきだろう。でも、ここではお互いが殺意を持った敵として存在してい

る。勿論、僕たちも残りの27人から狙われていると思って間違いない。それなら、"時間が経てば人数

は減る"という要素を考慮に入れて行動したほうがいい。闇雲に出て行って犬死するようなことだけは

避けたいだろ」

「減ったとかってどうやってわかるんだ?」

「まずは日数。一週間で迎えが来るってことは、それまでには決着がついているか、もしくは少人数で

乗船券を取り合うような状況になっているっていう計算だと仮定しよう。そうすれば、早くても日程の半

分が過ぎた3日後か、もしくは全員が行動を焦り始める4、5日後がいいと思う。」

「それまでどうしろと?」

「とにかく食料と体力の温存に努める。」

「でも食料はチーム数分ちゃんと流れ着くって言ってたし、温存する必要あんのか?」

「この島の周囲は地図で見る限り全て浜辺のようになってる。浜辺なんて見晴らしのいいとこに行った

ら一発でアウトだ。それに、誰も"お一人様一点限り"とは言ってない。要は食料も奪い合えってことな

んだよ。だから追加はないと思って今ある食料を極力消費しないで過ごすほうがいい。」

その時だ。僕たちが先ほど通ってきていた道のほうから三人組の声がした。僕たちは申し合わせたよ

うに声を潜める。三人組は特にこっちに気付くこともなく、そのまま通り過ぎていった。三人は僕たちと

同じくらいの年齢だろうか。意気揚々と歩いていた。

「バカだな…殺されるぞ」

「ねぇ…待って」

そういったのは亮介だ。

「食料を確保するなら今日だよ。」

あのなぁ、とヤスが呆れ顔になっている。僕も同じ気持ちだったが、亮介が何かに気付いたのではな

いかと思い、ヤスを制止して亮介の次の言葉を待った。

「今の彼らを見て気付いたんだけど、彼らはまだ気付いてない。自分たちが殺されるかもしれないって

ことに。だってそうでしょ?僕たちはたまたま宝箱を見つけて、中の紙切れを読んじゃったからこんなに

怖い思いをしてるけど、まだ殆どの人にとってはこれは単なる宝探しゲームのはずじゃない。」

そうだ、僕は何を勘違いしていたんだろう。亮介の言うとおりだった。紙切れから受けた衝撃や恐怖

が、僕の思考からここまで冷静さを奪っていたとは思わなかった。

「亮介の言うとおりなんじゃないか智哉!?確かに参加者は30人いるかもしれないけど、まだ何もしら

ねぇやつのほうが多いってのはかなり有力な仮説じゃね?」

「あぁ…ごめん。その通りだ。僕としたことが…」

「ばーか、カッコつけてんじゃねぇ。おまえ一人でやってんじゃねぇんだっつの。まぁ何はともあれ、そう

と決まれば浜辺へGOだな。他のヤツが武器を手にする前に、早いトコ辿り着いちまおう」

僕と亮介は目を見合わせた。ヤスは一人でどんどん歩いていく。そのスピードはまるで開始時刻その

ものだ。目標さえ明確になれば、自然と元気が沸いてくるなんていうどこかの会社の社訓にでも

ありそうな言葉そのものがヤスだった。

「ちょっと待てよヤス!どこ行くんだ!」

「へ?浜辺って言っただろ?他にどこ行くんだよ!」

「いま行っても食料はないに決まってるだろ!!」

「え?…あ。」

「戻って来い、バカ。」

小走りにヤスが戻ってくる。いくら目標が明確化されたとはいえ、ここまでずっと歩いてきている身だ。

さすがのヤスも最後は肩で息をしていた。

「じゃ、ハァ、一体、ハァ、どう、ハァ、するんだよ?ハァ。」

「奪うしかないってことだよね。」

僕は亮介の意図するところを了解していたが、やはり彼が暴力的な表現を口にすると驚いてしまう。

僕とヤスは普段から比較的そういう台詞を口にするから冗談として通用するが、亮介のそういう一言

には現実感というか、重みがあった。

「ホントにそういうことになっちまうのか…」

「あぁ、亮介の言う通り、そうなるんだと思う。躊躇っている時間もない。宝探しするためにまず"狩

り"をする。全員、覚悟しなきゃだな」

幸い日も傾いており、もう少し待てば狩りにはうってつけの暗闇になるだろう。僕たちは、申し合わせ

たように深呼吸をした。

太陽は沈み、朱い余韻が西の空に微かに残るのみとなった。僕らが予想していた完全な暗闇になる

ことはなく、目さえ慣れれば数十m先でも見えそうなほどだった。これほどまでに月明かりを頼れる存

在だと感じたことが今までにあっただろうか。僕たちにとって月明かりは夜空を彩る飾りの一つに過ぎ

ず、また古文の中に出てくるそれは過剰表現としての認識でしかなかった。暗闇という仮定で練って

いた狩り作戦を適宜修正し、僕たちは息をひそめるように草陰に隠れていた。

「てか、まずコレって絶対に本物なのか!?」

「エアーガンなら普通、弾を下から入れるはずだろ?ところがコレはそういう部分を取り外せそうな構造

じゃない。水鉄砲にしては重すぎるし、それにしたって水を補給する場所がなきゃおかしい。」

「とは言っても確信はないんだよね?」

「んーまぁね。確かめる方法はあるっちゃあるけど…」

「本物なら一発を無駄にしちまうよな。」

「そゆこと。」

「で、これからのこのこ来たやつで確かめるんだろ?」

「そうなの!?」

亮介は思わず声を張り上げた。しーっ、と僕が言うと、申し訳なさそうに膝を抱えた。勿論、僕が暗くな

るまで二人と相談していたのは違う作戦だった。所謂「カマかけ」に近い脅しを試してみるつもりで、詳

しい動きについても数パターン考え、ケースバイケースで実行しようと三人で合意にまで到ったつもり

だったのだが、何故だかヤスには伝わっていなかったらしい。一方亮介も、「奪う」だなんて台詞を残し

ておきながら、やはり元々が僕たち以上の怖がりかつ心配性とあって、内心は相当に滅入っているよ

うだ。こんな調子だと、いざという時に団結できない可能性がすこぶる高い。僕はもう一度二人に確認

しておかないとまずいなと感じた。僕も含めて、恐怖心はあるのに、何故だか生命の危機はそれほど

感じていない気がするのだ。僕は可能な限りの速さで頭の中に散在する考えの断片をかき集め、そ

れらを整理する。僕自身何を言っているかわからなくなってしまってはどうしようもないことは、未だ短

い人生の中でも充分に実感しているつもりだ。そういえば、言いたいことを整理してから述べるという

図式自体は、父親と何とかコミュニケーションをとりたいと思うところから僕の中に取り入れられたんじ

ゃなかっただろうか。関係が乾ききっていることは心のどこかで感じながらも、それでもなお僅かな可

能性を信じて色々と考えていたんだなぁと我ながらに思う。そんな風に感慨に浸っていると、不意に遠

くの方で誰かの話し声がした。

楽しそうな笑い声。月明かりがぼんやりとその声の主たちを映しだす。おそらく、僕たちと同じくらいの

年齢だろう。何にも気兼ねすることなく、この宝探しの旅を満喫している様子だ。その歩調には少しの

迷いもない。思いのままに宝を目指して歩き続ける彼らは、まさに箱を見つけてしまう前の僕たちに似

通う姿だった。その姿が次第に近づき、輪郭をはっきりとさせてくるにつれ、僕の心の中には安堵と、

そして幾ばくかの同情が芽生えていた。もし僕たちが箱に接触することなく今を迎えていたら、きっと

彼らのように振る舞っていただろう。そして何も恐れることなく、この絢爛たる見事な月を眺めながら深

い眠りに堕ちただろう。本当のことを言えば、今でもそういう思いが強く、このまま何も考えずに大の

字になって眠りたい。しかし恐怖は僕の心を蝕んでしまっており、その思いを遂げることはできそうに

なかった。それだけに僕には彼らが羨ましく、妬ましく、そして悲しい。この島で無知であるがゆえに不

幸なのか、はたまた知ってしまったがゆえに不幸なのか、それを判別する術は僕たちにはなかった。

彼らの足音が聞こえるほどの距離になった。作戦に忠実に動くなら、まず僕が彼らの行く手を塞ぎ、時

間差で後方にヤスと亮介が回りこむはずだった。だが、僕の体は頑なに動かなかった。彼らが僕たち

の目の前まで来ようという時も、まったく動けない。ヤスも亮介も不思議そうに僕のほうを見ていた。彼

らが僕たちの前を通り過ぎていく。会話に夢中なようで、僕たちに気づくことはなかった。辺りはまた静

まり返り、幽玄な夜が僕たちを包んだ。

「おい…大丈夫か?」

ヤスが動けなくなっていた僕を気遣う。その声で漸く我に返った僕は、気づけば信じられないような汗

を掻いていた。亮介も心配そうに僕を見ている。

「だ、大丈夫。ごめん、作戦失敗…」

「一体どうしたんだよ!?俺がミスったかと思っちまった。」

「どうしたんだろう…わからない。」

本当にわからなかった。彼らが一歩、また一歩と近づいてくる度に、僕の中の安堵が影を潜め、代わ

って同情が、彼らの無知に対する同情が強まっていった。それは悲しいという感情でもあり、その一方

で彼らの無知をこの島の…否、僕たちの希望と捉えてしまう感情でもあった。結局僕は、奪うことや殺

すことはおろか、姿を現すことすらできなかった。一番この状況に怯えていたのは僕かもしれないと思

った。

「気にすんな、俺もびびってたから。」

「うん、トモくんがホントに動いたらどうしようって思ってた!」

二人も嫌な汗を掻いていることがなんとなく伝わってくる口調だった。彼らの本心であろう言葉を聴くこ

とが出来た僕は、随分と救われた気持ちになった。

「ま、安心して寝れるのも実は今日だけって話じゃね?」

「そーだよ。全部忘れて寝ちゃえばいいよ!」

僕の望みは、二人にとっても同じだったということか。そう思いながら、荷物を放り投げ、僕らは適当な

場所で横になった。勿論、月がよく見える場所で。一日目の夜は、思いがけず平和に更けて

いくこととなった。

二日目。僕は蝉の鳴声で目を覚ました。朝日はまだ頭上にはなく、特に蒸暑いという印象もなかっ

た。ヤスも亮介もまだ起きていない。僕は辺りを見回して、安全を確認しながら周辺と地図とを照合さ

せていった。地図の範囲で歩いてきたとはいえ、夜は周りがよく見えなかったため自分たちがどこに

いるのか、その正確な位置までは把握できなかったからだ。僕たちの持っている地図は正方形になる

ように九枚が配置されているわけだが、そのうちの左上、中央、右下の三枚を僕たちは所持してい

た。それによれば、どうやら僕たちは右下からスタートして中央の地図を踏破しようとしていた。亮介が

地図を見ながら自分たちの現在地を確認しながら歩いてくれているおかげで、僕も安心して歩けた。と

は言っても、周りに異変がないか常に緊張を解いてはいけないのだが。ヤスは相変わらず意気揚々と

僕らの前を歩いている。昨夜の一件で何かが吹っ切れたのか、もしくは明るい日差しのお陰で見通し

がよくなり油断しているのか、とにかく見ていてどこか頼もしい「気がする」背中だった。ヤスは気持ち

良さそうに鼻歌を歌いながら歩いていたが、突然止まってこちらを振り返った。物凄く怪訝な顔つきをし

ていたので、僕と亮介は嫌な予感がした。

「おい…」

「どうした?」

「下り坂だ…」

僕はヤスが何を言いたいのかわからなかった。しかし、亮介の顔は見る見るうちに崩れていき、今に

も吹き出しそうになるのを必死でこらえていた。

「あーそういうことね!ごめんねヤス、そりゃそうだよね」

僕はまったく蚊帳の外だった。

「ちょっと待てよ。どういうことだよ?」

「智哉、まだわからんのか。」

ヤスは失望の目を向けてくるし、亮介は一人で納得している。僕は一向にわからない。もったいぶって

ないで早く言えよ、と段々苛立ちすら感じていた。

「俺たちは今、坂を上ってきたんだぞ。」

「そうだな。」

「で、下るんだぞ。」

「意味無いじゃないかって?」

「そうじゃねぇ!!この島の中心に到達することなしに下れるかってことだ!!」

「はぁ?」

「お前の右を見ろ。まだ上のほうに斜面が続いている。ここはてっぺんじゃないんだ!」

「そうなるな。」

「馬鹿野郎、頂上まで行ってこそ男だろ!!」

呆れた奴だ。そんなこと考えるチームは他にもいるはずだし、頂上なんて見晴らしのいい場所にいたら

格好の標的になってしまうのは目に見えている。勿論反対というか、論外だ。

「そんなとこ危ないに決まってるだろ!!」

「知るか!そこに宝があるかもしれないじゃねぇか!!」

「ありきたりすぎてねーよ!」

「まぁまぁまぁ。いいんじゃない?行くなら今しかないんだしさ。まだ大丈夫でしょ?」

「さすが亮介、話がわかるねえー」

「まぁ僕も行ってみたいからね。いいでしょトモくん?」

僕はやっぱり蚊帳の外らしかった。

頂上はやはり見晴らしがよく、ずっと遠くの方には海も見えた。目の前には寝転がりたくなるような野

原が広がり、遠足にもってこいの光景だと思った。

「なぁ、ここで昼飯にしよーぜ。」

「いいね!ピクニックみたい!」

「そ、そうだな。まぁお腹もすいてきたしね。」

そういって見たものの、やはり僕の脳裏には危険という文字が何度も過ぎっており、警告するサイレン

が胸の辺りで鳴っていた。見る限り宝箱のようなものはなさそうだが、すでに誰かが持っており、まだ

この周辺に潜伏している可能性もなきにしもあらずだ。それを考えると、どうしても落ち着いて昼飯など

食べていられないのだが、蚊帳の外にいることを自覚した僕に何が言えるわけもなかった。

「おい智哉、そんな怖い顔すんなって。メシがまずくなんぜ?」

「いや、フツーだよフツー。第一このメシうまくねえだろ。」

「空腹は最高のなんちゃらって言うだろ?俺には御馳走にしか見えない」

「まぁ味はともかく、こんな場所で食べられるのは嬉しいよね。特等席って感じ?」

「あぁ、まあそりゃそうかもね。」

そう頷くと、ヤスが遠くの方をみて固まった。今度は本当の意味で嫌な予感がし、果たしてそれは的

中した。僕たちの座っている場所の対角線上、野原と森の境目辺りに三人組が腰を下ろしたのだ。ど

うするんだよ、という顔でヤスが僕を見ていた。

「ヤス、そんな怖い顔すんなって。メシがまずくなんぜ。」

彼らは僕たちと同じように与えられた食料を広げ、ピクニックもどきをはじめた。全くといっていいほど警

戒心がない。


「殺せ。」

彼の物静かな眼が僕を捉える。

一瞬にして気圧される。

同世代とは到底思えない重さと冷たさがある。

けどその重さも冷たさも何一つ確固たる物はない。

僕が、そういう風な誤解をしているだけかもしれない。

人が発する雰囲気の重さや冷たさは、人の何を量れるのだろうかと、思う。

「早くしたほうがいい。いま俺たちを追い詰めておいて、他の誰かに狙われないとも限らない」

確かに彼の言うと通り、ここには安全地帯が存在しない。どんな災難に見舞われた後でも、

決して気を抜くことはできない。災難に秩序などないのだから。

静寂が時を埋めてゆく。僕たちの早い心拍が対照を成している。

「キミは…」

彼の目は僕を通り抜け、遥か海を眼差している。

「キミは何故そんなに急ぐ?」

彼の視線が彼の足元に落ちる。

「俺はアマチュアなんだ」

「え?」

「アマチュア。プロじゃないってことさ」

「どういう意味?」

「俺は4人兄弟の三男坊でね。父親は大手企業の幹部候補、母親は専業主婦。」

彼は堰を切ったように話し始めた。

「兄は長男が東大の法学部を経て司法の道へ進み、次男はアメリカに留学中。冴えない俺は高校受

験にこそ成功したもののそこで力尽き、今は目標すらない惰性な生活が続いてる。俺の家族はみん

なプロなんだ。社会人としてのプロ、主婦のプロ、学生のプロ。みんな己の人生をしっかりと歩んでい

けるプロだ。どの背中を見ても格好いい人たちだったよ。俺もそういう環境で育ち、一生懸命勉強や学

校の活動に取り組んだ。だけど俺の道は途絶えた。俺はプロを目指していたが、それがなんのプロな

のか、そんな基本的なことを考えていなかった。」

追い詰められているのは自分たちのほうではないか、との疑念にかられるほど彼の声色には凄みが

あった。俯いて、悲しげな笑みすら見せるその表情が、まるで仮面であるかの如く。

「キミには弟もいるんだろう?弟はどうしてるんだ。何もキミだけが焦ることじゃない」

「弟は…亡くなった。」

そう言った彼の表情から微笑が消える。

「あいつは中学受験に失敗した。なんてことない区立の小学校出身だったから、中学受験のために

塾に毎日のように通った。友達や教師からは学校というコミュニティを大事にしない異端者として

疎まれていたみたいだけど、あいつは家族というコミュニティで自分を律するためにはそういう声は気

にも留めなかった。度重なるいじめにも弱音ひとつ吐かず、ただ家族の背中を追い続けた。」

心なしか、彼の声が少し上ずっているように聞こえる。僕たちは身動き一つとれなくなっていた。

「結局あいつは公立中学校に入った。小学校と半分以上が同じメンバーだからね、酷い言われようだ

ったらしい。もちろんその中学校ではトップだったが、もはやあいつには成績なんて関心事ではなかっ

た。そして周囲からの罵倒や自身の葛藤に後押しされて選んだんだ、死っていう道を。でも俺はあい

つを責められない。あいつは死をもって己を律した。その人生がなんたるかを決定的にした。だから、

そういう意味であいつもプロさ。俺はついに弟にまで後塵を拝まされることになった。」

自己の崩壊ではなく、その存立のために死を選ぶ。僕たちには到底辿り着かない結論だ。

「俺は両親や兄の背中に近づけないばかりか、弟に手を差し伸べることもできず、結果として先を越さ

れることにすらなってしまった。本当に頭が割れそうだったよ…どうしたらいいのか、まず今自分のい

る場所からどうやって次の一歩を踏み出せばいいのかわからない。自分の部屋からリビングまでの行

きかたで躊躇するのさ、信じられるか?玄関で靴を履くことすら意識的にじゃないとできない。俺の不

幸は、学校に行けば友達がいたことだ。弟と違って同じように受験を経験し、同じような学力を持つ人

間が集まってた場所だから、特に極端な摩擦もない生活が送れる。刺激も葛藤もない。死のうだなん

て考えが浮かんでくる要素がないんだ。俺は弟のようにはなれない。」

「それで…死のうと思ってここへ?」

「いや、死ぬことが目的だったら自殺で済む話じゃないか。第一、ここで命を賭ける事になるとは島に

到着するまで思ってもみなかった。結果的に死と隣り合わせになる機会を得た俺には好都合だったよ

うに思えるけどね。俺は、自分を律するためにここへきた。自分が何者であるのか、巨万の富を手に

入れるだけの器量が俺にあるのか。友達は質の悪い詐欺だからって俺を止めたけどね、そんなことど

うでもよかった。俺は己を推し量るべく来て、いまこうして君たちに追い詰められた。」

銃を構えた手が震えている。不死のゾンビ兵よりも屈強な敵が目の前にいる。彼の発するあらゆる台

詞は引き金に異様な重さを加え、ビクともしない。

「自分を律するための戦いのうちに死ねるならば悔いはない。さぁ、俺を殺せ。」

手の震えは止まらず、銃を持っていることすら精一杯だった。

「できないなら銃を貸してくれ。自分でやる」

そう言って歩み寄ってくる彼の姿に僕は思わず銃を落としてしまった。慌てて僕は拾おうとするが、

体が動いてくれない。

「智哉、早く拾え!!俺たちが撃たれるぞ!!」

僕はそれを聞いてはっとした。目の前の敵が完全に殺意を失っているものと勝手に思い込み、自分が

置かれている決して安全ではない立場を忘れていた。すぐに銃を拾おうと無理やり体に言い聞かせた

が、すでに彼は銃を握って僕を見下ろしていた。僕は腰を抜かしたようにその場に崩れ落ち、恐怖の

あまり体の芯まで冷え切っていくのがわかった。彼は銃を見つめている。

「いざこうして銃を手にしてみると…迷いが生じるもんだな。」

銃口が僕に向く。僕はもう避けることすらままならない。

「君たちにもいつかくるかもしれない…こういう決断を迫られる時が。こんな葛藤、俺の人生に今まで

あったかな…。ありがとう君たち、俺はいま幸せなんだと思う。君たちの命も大事だが、俺は俺の人生

のためにこの場面を飾りたい」

銃口の延長線上から僕が外れる。それそのまま彼に向く。彼の人生のために…。

「俺は、ようやく人生のプロになれる」

乾いた銃声が僕らのアマチュアな生命に響き渡った。


夕空は見事な朱色に染まり、射し込む光は僕たちの顔に生気を戻してくれるかのようだ。

静かに落ちゆく太陽を見ていると、此処が学校帰りのいつもの通学路のような錯覚を受ける。

この先に自分の家があって、夕飯があって、比較的安全な寝場所が確保されていて。

此処に来る前、僕の生活は満たされているとは言えないものだったけれど、此処にいると、どこかで

誰かがその生活でさえも手に入れることができず四苦八苦している現状が確かにあるような気にさせ

られる。生まれついた環境の違いだけで、人の価値観は大きく左右されことを痛感する。

生きること自体の意味を日々考えながら過ごすという次元の感覚を初めて垣間見たあとで、僕たちは

身も心も疲れ果て、つかの間の休息を求めていた。僕たちは先ほど一戦を交えた場所から100mも離

れていない道の途中でへたれこんでしまった。常に危険と隣り合わせの状況下、一つでも判断を誤れ

ば命の保証はない。本来ならもっと確実に安全な場所を探すべきだろう。しかし、それすらも怠りたく

なるほど、僕たちの神経はすり減らされていた。誰ともなく座り込んだ三人は、もはやお互いの「自殺

行為」を咎めるだけの力も残っていなかった。

「俺ら…ここで死ぬんかなぁ」

沈黙を破ったのはヤスだ。

「おい、それは言っちゃダメだろ」

「だってさぁ…どう考えたっておかしいだろ、この企画。法律とか全く無視だろ?だったら、俺らが勝ち

残れるかすらわからない上、勝ち残ったとしてもさ、本当に帰れるかどうかもわからないわけじゃん。

だいたいこんな雑然とした場所で主催者とやらは外から全員の生死を確認できんのか?そのまま放

置プレイって可能性も充分考えられるし」

「やめてよもう…」

亮介はか細い声で訴え、体育座りの姿勢のまま俯いてしまう。亮介にしろ僕にしろ、もちろんヤスの

言うことは一度は脳裏を過ぎっていた。ただ自分の無意識の部屋の中に抑えこんでいたそれを無理

やり意識へと引っ張り出されると、それだけで頭が一杯になり一層滅入ってしまう。

「ヤスの言うことは確かだよ。でもそれを言ったところで何も変わらないし、死ぬなんてことを意識した

ら前に進みづらくなるだろ。」

「バーカ。この状況で死を意識しねぇ方が変だろ!それとも何か、死ぬとか殺すとかはタブーだっての

か?無茶いうな、目の前で人が死ぬような事態に巻き込まれてんだぞ!ここじゃ普段通りの思考回

路で物事判断してる人間ほど不自然だっつの!」

ヤスは立ち上がり、周囲を見渡すようにその場で一周した。

「よっし、この5分の休憩は奇跡だぜ。これ以上いたら確実に夜行性の連中の餌だ。とりあえず完全

に暗くなる前に寝床だけでもあたりをつけようぜ」


「人生にゃ…心地よい音楽と従順な女…そしてありったけの酒がありゃいい…そう思わねえか?」

そういった男は180cmほどの身長だが、体育会系を思わせる体格は男をさらに大きくみせている。無

地のタンクトップに迷彩のカーゴパンツで、腰に帯刀しているが、それが「日本刀」であるか「模造刀」

であるかはここからではわからない。何せ、服装ですら色までは確認できないような僅かな明るさだ。

そしてもう一人の男は160cm台前半くらいの身長だが、この距離からでも明らかに肥満とわかる体型

をしている。チェック柄のネルシャツにクリーム色のチノパンツで背中にはリュックサックを背負い、何

故かそこにポスターのようなものが刺さっている。所謂オタクなんだろうか。そして、この男もまた帯刀

していた。お互いに帯刀しているとなると、「日本刀」所持者のほうが圧倒的に心理的優位にたってい

るのは言うまでもない。問題はどちらが真剣かという事。さすがのレーダーも、そこまで詳細な位置は

示してくれないから、あとは自分たちの目で確かめるしかない。

「クソっ…どっちだ…亮介わかるか?」

「無理だよ~」

「お互いにまだ出方を窺って刀を納めたままだから区別できないな…。どちらの顔にも動揺の色は見

えないけど、それでもどちらかはこの時点ですでに追い詰められてるはず…」

「わかんねぇけど、なんとなくあのデブのほうが本物を持っててほしいよな」

「確かに、迷彩ってだけで強そうだよね」

僕がそう答えると、横で亮介も大きく頷いた。向こうではその迷彩の男とオタクらしき男の駆け引きが

続いている。

「うほっ、リア充ですか!!きんも~っ」

「はっ、僻むなクソブタニート。悪かった、てめぇにゃ関係ねえ話だったな」

「心地よい音楽と従順な女…フヒヒッ、ミクたんですね、わかります」

そういうとオタクらしき男は抜刀し、剣先を相手に向けた。どこの漫画で仕入れた知識かはわからない

が、その姿は信じられないほど様になっている。

「随分と威勢のいいブタだ」

迷彩の男も刀を抜く。こちらは構えるというよりは自然体に近い。完全に喧嘩の態勢だ。二人の間は

およそ3~4mどちらかが斬りかかればすぐに詰まる距離だ。僕たちも固唾を呑んで二人の勝負の行

方を見守る。離れている僕たちにまで緊張が伝わってくる。時が止まったかのような静寂な光景、そこ

へいたずらに吹き込む一陣の風。その風が切先を撫でた、その時。

「でやあぁぁっ!!」

オタクらしき男が自らの刀を振り上げて真っ向から斬りかかる。瞬間、迷彩の男が低く屈み、相手の

太刀筋を見極め、胴を斬って抜ける。

「ああぁぁっ!!」

オタクらしき男は自分の左わき腹を押さえて蹲ってしまう。しかし、出血しているようにはみえない。

「う、う~っ。この不良め、僕をなめるなよ!!お前のが贋物だってのはわかりきってんだ!」

そういって立ち上がり、再び構え直す。そして今度は間髪いれず、構えのまま突進していく。迷彩の

男はそれでも自然体を崩さなかった。

「卍解!!」

と、わけのわからない台詞を叫んで斬りかかる相手に、静かに迷彩の男は言った。

「確かに、俺の刀は贋物だ」

迷彩の男の言葉が聞こえているかわからないほど、オタクらしき男はがむしゃらに刀を振り回す。

「けどな」

本人もどこを斬っているかわからないような乱れた太刀筋、それを迷彩の男は全て見切ったように受

け流す。オタクらしき男は次第に動きが鈍くなり、最後の力を絞って振り上げた。

「俺の存在だけは…贋物じゃねぇんだ」

月の光を散らしながら日本刀が宙を舞う。

そして、たった一太刀。迷彩の男が振った首筋への一撃は、贋物とは思えない「切れ味」で、オタクら

しき男の命を絶った。男は断末魔の叫びとはこのことかというような悲痛な叫び声を暫くあげた後、静

寂の光景の一片と化した。


「生きることは簡単だ。現代社会は生活保護だとかがあるし、特に手段を選ばなければ誰でも還暦を

迎えられるんじゃないかって程にね。ほんの半世紀前までは『お国のために』って命を投げ出してたよ

うな民族が、今じゃ医療制度がどうだの保険がどうだのって騒ぎ立ててる。大衆社会ってのは雪崩み

たいなもんなんだろうな。些細な何かが発端で、景色が一変するほどの変化を生み出す。それも信じ

られないくらい短期間でね。」

「何をごちゃごちゃ言ってんだ!!わかんねえから!!」

「すまない、話が逸れたね。つまりみんなが平等に長く生きることを肯定している社会だから、生きる

こと自体は恐らく歴史的などの社会よりも楽になっていると思っている」

彼は一呼吸置き、冷たい視線を僕に向けた。

「それ故、生きようとすることは甚だ難しくなったのさ」

「どういうこと?この宝探しとどういう関係がある?」

「生きることが楽になった今、生きようと自ら意識することは普段の生活では殆どなくなった。しかし人

間関係の中で起こるいじめや虐待、または病気、怪我。これらは無意識の中から『生きようとするこ

と』を意識の領域にまで引っ張り上げてくる。生きようなんて思ってる時点で、すでに生きていたくな

い、生きられないかも知れないって不安、ネガティブな要素がその本人の心に巣食ってんのさ」

僕は反論できなかった。確かにここにきて、どうやったら生きられるかということを本気で考えさせられ

ている。それは単なる偶然ではなく、死と隣り合わせな状況にいるという必然のもとでだ。しかし、明

確な答えはもっていない。手探りで、危ない橋を何本も渡らなければならない。

「この宝探しの主催者は、たぶんそういうヤツだ」

彼の口調が穏やかさを失ってゆく気がした。目つきが鋭くなり、僕に突き刺さる。

「主催者は生きようとしている。或いは、その感覚に飢えている。主催者の心は乾ききってるんだな。

生の実感っていう潤いを求めて、あえて意識できるようなこんな場を設けたに違いない。」

「俺たちが生きようとしているのを観て笑ってるってのか?」

「さぁな。噂じゃ、この島に潜んでるって話もある」

「バカかそいつ!?」

「殺されちゃうかもしれないじゃない!!」

ヤスと亮介がほぼ同時に声を上げた。僕も同意見だ。場を設けて自分が死んでいたんじゃ話にならな

い。それじゃ単に気が触れている人間じゃないか。

「そう、バカげているし殺されるとも限らない。ただな、その殺されたときの保険金がこの宝探しの景

品じゃないかなんて憶測も飛び交ってるらしい。」

僕たちは戦慄を感じて身震いした。この先、普通の神経で生き残れるような気がしない。

「気をつけろ…ここにいるヤツらは、みんなどこかで『生きようとすること』が意識される一歩手前で生

活してたヤツが多い。一歩一歩、決死の覚悟で歩け」

そういうと彼は立ち上がり、最期の力を振り絞って茂みに歩き出した。

「さぁ、もう俺に構うな…最期は独りがいい。」

ありがとう、お疲れ様。そう言って、彼のいた道を通り過ぎた。

僕たちはまだ、生きようとしなければならない。


浜辺に一人の男が座っている。体育座りのような格好で、ぼんやり海を眺めている。遠くからでよく見

えないが、黒系の服を上下とも着ているようだった。

僕たちは何か罠が仕掛けてあるのではないかと周りを見渡したが、それらしきものは見つからなかっ

た。武器リストにはもはや接近戦以外で使えるものはないはずだ、と頭の中で繰り返しながら、それ

でも一抹の不安を拭えず、僕たちは恐る恐る近づいていった。

20m…10m。段々と近づいていく。僕たちの鼓動は自然と早くなる。そして残り5mというところで、彼

が肩越しに突然こちらを振り向いた。僕たちよりもかなり年上に見えるが、それほどがっしりした体格

というわけでもなく、不思議な印象を受けた。

「そうか、こういうシナリオなのか」

彼は理解したように、安堵の表情を浮かべた。

僕たちのほうを向いて立ち上がったその男は、白いワイシャツに上下とも黒のスーツ姿で、黒いネクタ

イを締め、黒の革靴を履くというこの島では異様なスタイルをしていた。

「あなたの名前は?」

「俺は…翔太。宮前翔太だ」

いま、僕たちの目の前にいるのは、穏やかな紳士風の青年たった一人だ。しかし、ここまで辿り着い

た僕たちには何となくわかっていた。彼が、彼こそが、この島で一番危険な人物だと。彼の笑顔には

何の屈託もない。とても暖かく、曇りのない、透明な視線が僕たちに向けられている。彼は彼なりの優

しさをもって人を殺せる、悪意なき殺人鬼だと思うと、僕たちは震えを隠せなかった。

「怖がることは何もない…何もしやしないさ」

僕たちは何も言えなかった。

「はは…そんなに警戒するなよ。宝は見つかったのか?」

「いや…まだ」

「そうか。一筋縄ではいかないもんだなやっぱり。見た感じ、相当苦労してきただろ?三人とももう沢

山だって顔してるよ。ずっと緊張しっぱなしってのも疲れるだろうから、ここで一息つくといい。別にお前

らの隙をついて倒してやろうなんてせこい考えはないからさ。ところでもし食べ物や水が残ってたら少

し分けてくれないかな?俺もそろそろ限界なんだ」

彼は一方的に喋り続けていたので、最後の一言が僕たちに向けられた質問であることにすぐには気

付けなかった。彼は何も答えない僕たちを不思議そうな表情で見ている。

「あれ…なんか悪いこと言ったかな?」

「あ、いえ…そんなことないです。生憎僕たちも食料も水も残っていなくて、探していたところで…」

「そうか。なら仕方がないな。」

そう言って彼は再びその場に座り込んだ。特に僕たちを警戒している様子もない。

「明日までの辛抱だな、お前らも頑張れよ」

「宝探しにはいかないんですか?」

「危険を冒してまで見つける価値があるとはっきりわかってすらいないしね。元々僕は無理やり連れて

こられたようなもんで、あんまり興味もないんだ」

「そのチームメイトは何処にいるんですか?」

「ここから海岸線に沿ってしばらく歩いたところで、日向ぼっこでもしてるんじゃないかな。」

そういって彼は笑った。本当に悪意の欠片も見せない、綺麗な笑顔だと思った。

「じゃぁなんであんたの荷物はあんなに多いんだ?どうみても一人分じゃない」

それまで口を閉ざしていたヤスが言った。彼は荷物の方に目をやり、また笑った。

「彼らに荷物はもう必要ないから。俺の荷物もあれだけで充分だ」

「まさか…殺したのか」

「まぁな」

ヤスは仲間殺しと聞いて驚いた様子だったが、それは僕と亮介にとっても同じことだ。僕たちは普段

からふざけて"死ね"だの"殺すぞ"だの言い合うこともあるが、それはお互いを心から信頼しているか

らこそ言える台詞で、実際に誰かが死んだら絶望にも近い感情を抱くと思う。以前、それほど仲の良く

ない同級生が交通事故で入院したことがあったが、僕たちはそれだけでもその日ずっと落ち込んでい

た。特にヤスは人一倍そういうことに敏感で、その子の入院以来暫くはその類の発言を全くしなかっ

た。そういうヤスだからこそ、この場で彼に食いかかっていけたのだと僕は思う。

「あんた…友達をなんだと思ってる」

「なんだろう…まぁそもそも友達ではないんだけどな」

「じゃあなんなんだ?」

「同じ高校の同学年。でもそこまで知り合いってわけでもない。あいつらヤク中って噂で、学校にもあ

んま来てなかったし、来ても授業中に壊れだすことが殆どで先生も手の施しようがない感じだった。そ

れでまぁ金が必要だったんだろうな、こんな企画を見つけて応募したいから一緒にきてくれって。まぁ

どっちかというと脅迫に近い誘い方だったけどな。気付いたら10人くらいに囲まれてた。笑っちゃうよ

な、その誘いがサマーキャンプなんだもん」

「なんであんたが?」

「俺さ、3ヶ月だけボクシング部にいたんだよ。まぁつまんなくてやめちゃったんだけど。だから用心棒

としては最適だったんじゃないの?それでこの島へきたんだけど、結局着いてすぐに壊れかけてて

さ、めんどくさかったからお荷物を減らしたってわけ。三人分の食料があれば三日は普通に生きられ

る。食料を半分で我慢すれば六日間生きられる。単純計算だけど、別に間違ってもなかった。腐りそう

なやつから早めに食って、その他は極力動かない。ずっと浜辺でのんびりしてたけど、途中で

銃声は聞こえるわ悲鳴は聞こえるわでただ事じゃないなとは思ってた。」

「誰にも狙われなかったのか?」

「あぁ、この島で生きた人間と口をきいたのはお前らが初めてだ」

「そんなバカなことが…」

「お前ら、これもってるか?」

そう言うと、彼は自分の内ポケットをごそごそと探った。彼が手にしていたのは小型の機械で、それが

何かすぐには判らなかった。

「なんだそれ?」

「スタンガンさ」

僕たちは意味がわからなかった。この島に私物の持ち込みは禁止されているし、例の紙切れの武器

リストにもスタンガンは含まれていなかったはずだ。

「その顔はやっぱり知らないってことか」

「どうやって持ち込んだ?」

「それが俺にもわからなくて困っている」

「は?どういう意味だ?」

「この島に降ろされる直前、俺は黒服に呼ばれ、このスーツに着替えさせられたんだ。その後手錠をさ

れて、自分の荷物は船に残したまま降ろされた。そのときから自分の着ているスーツの内ポケットに

何か入っている感触はあったんだが、許可があるまで発言が禁じられていたからそれが何かはわか

らないままだった。島に先に降りていた残りの二人は服装は変わってなくて、代わりに見慣れない大

きいリュックサックを背負っていた。一通り説明を受けたあと手錠が外され、僕は荷物の中身を確かめ

ている二人に気付かれないようにさりげなく内ポケットを確認した。それがこれさ。」

彼は何かを請け負った、選ばれた存在であると僕たちは感じた。そしてこの宝探しに秘められた必然

性や恣意性のようなもの、概して悪意ともとれるそれらに落胆した。

「俺がこんな格好で驚いただろ?でも実は、お前らが全員私服なことに俺も驚いてるんだ」

彼の言葉に嘘はないようだった。主宰者が何を考えているのかはわからない。だが、彼はその真意を

知ることなくここまで生き残った。その間、誰一人として彼を狙うことがなかったというのは、紛れもなく

彼のその類まれな強運に拠るもの…神に選ばれし、祝福されし者である証拠だと思った。だが、ここ

にいる者の殆どは彼を妬むことも、羨ましがることもないだろう。神に祝福されることが、人間の真の

幸福であると断言できないことは、ここへきて疑いようのない事実として嫌というほど突きつけられて

いた。そういう点で、彼はこの島でもっとも浮いた存在であるかもしれない。

いま僕たちが三人がかりで彼に挑めば、間違いなく彼に勝てるだろうということは、99.9%明らかな

ことだ。彼はスタンガンの存在すら僕たちに教えている。僕たちにとって不利な要素は皆無といってよ

い。だが、残りの0.1%が拭いきれない。彼ならその確率を克服してしまうのではないだろうか、とい

う疑念が僕たちの思考にちらつく。そうなると僕たちは動けない。今までの戦いのほうが不確実な要

素を多くもっていたはずで、それを克服してきた僕たちが99.9%に苦戦するはずがないのだが、そ

れでも、彼がこれまでに「何事もなく」通過してきた過程の確率は小数点以下何桁にわたる低確率で

あるか僕たちには想像もつかない。それ故、彼がこの場面でもつ0.1%の確率は、充分すぎるほど

彼の勝利を匂わせた。

「お前らも座れば?疲れてるんだろ?」

彼はこちらを見ることなしに言った。それは単に僕たちを気遣ったもので、座りたいほど疲れているの

も確かなのだが、全てを見透かされているような気にしかなれない。普段なら何気なく行う動作や行

動の一つひとつが、生死を分かつ判断となるように思えてくる。

今やそれは彼の平静ではなく、僕たちの心理状態の所為だと断言できる。

彼はこの島で、のんびりと過ごしているだけなのだ。最初に食料を確保するという大仕事を終え、悠々

自適に残りの六日間を過ごしているだけなのだ。この状況では、おそらく僕たちのほうがより狂人に近

いと言えよう。

ならばどうするか。

狂人になりきって彼に挑むか、平和的に協調して過ごすか。いずれにしろこの場を一旦離れて、三

人で話し合う必要があると考えた。二人に目配せすると、どちらも頷いて足元に降ろしていた荷物を背

負いなおした。どうやら考えは一致していたらしい。

「散歩してきます」

と僕は言った。

「気をつけて」

と彼は言った。


そこに彼の姿はなかった。

ヤスが何かに勘付いたように振り向いたが、隠れているというわけでもないらしく、どこにも見当たらな

い。僕たちは浜辺の彼が座っていた地点まで行ってみたが、それでも彼がどこへ歩いていったかすら

わからない。足跡一つとして残っていないのだ。気味が悪いな、とは思ったが、彼を目の前にしたとき

に抱いていた得体の知れない感情よりは幾分楽なように思う。

「どこへ行ったんだろう?」

「知るかよ。とにかく散々練った計画が全てパァ、って可能性が出てきたわけだろ」

「うーん…いないってのは想定外だったな」

「感心してる場合かぃ智哉クン?」

「ねぇあれ…!!」

亮介が指差した方向に、見覚えのある船が一隻こちらへ向かってきているのが見えた。それは紛れも

なく、一週間という期限どおりにやってきた迎えの船だった。しかし、まだ決着がついていないどこか、

宝すら見つかっていない。こんな状況で終われるはずもないだろう。僕の眼には迎えの船がずいぶん

と間抜けに映った。

「宝…見つかってないよ」

僕たちに言ったのか船に言ったのか、ヤスが呟いた。

「うん…見つかってない」

亮介が呟きで返す。

「もうよくね?俺、充分楽しんだわ。帰りたい」

「僕も」

僕も二人の意見に賛成だった。だが、宝は事実見つかってないわけで、はいそうですかと帰れるかと

いえばそうとも限らない。何せ100万円という金額がかかっている。そんな拍子抜けした終わり方が許

されるとは到底思えなかった。

船はそのまま浜辺に近づけるだけ近づいたところに止まり、そこからは幾つかのボートでこちらへ向か

ってきた。行きは黒服と子どもだったが、いまこちらへ向かってきているのは黒服と大人たちだ。表情

までは読み取れないが、どうも怪しい空気が漂っているのを感じた。

行きと同じく、ボートは10隻以上あったが、先に黒服のみが三人乗ったボートが1隻だけこちらへ辿り

着いた。僕たちは大して身構えることもなく、彼らを迎え入れた。

黒服は僕たちに向かって微笑み、そして言った。

「おめでとう。」

「え?」

「君たちの優勝だ。」

「いや…宝は見つけてないし、それに…」

僕の言葉を遮るように黒服が続けた。

「宝はなくても、この島で生き残ったのは君たちだけだ。宝を見つける可能性があるのは君たちだけと

いうことになったし、期限の一週間も経った。もうこれ以上無駄に苦しむことはない」

「バカ言え、俺たち以外にも一人いるはずだぜ!」

「そうだよ!えっと…たしかショータって人が」

そんなにバカ正直に言ってどうするんだという気もしないでもなかったが、二人が言うのを僕はただ黙

って聞いた。二人はその時の状況説明まで御丁寧にしていたが、黒服たちも二人が言い終わるまで

静かに聞いていた。

「我々はこの一週間、様々な場所に設置されたカメラで君たち参加者の様子を監視していた。そして

今日、君たちを除いた全ての参加者の死亡が確認された。」

信じられなかった。彼が自殺でもしたというのか。すぐにでも彼を探しに森へ戻りたい気持ちだったが、

黒服の後方から続々とボートが到着しており、下手に動けなかった。

「これから君たちにある説明をしなければいけない。だが、その説明は我々はできないことになってい

る。そこで、君たちの御両親のうち、選ばれた一人にこの役目を担ってもらう。残りの大人は説明はお

ろか何も知らされていないから多少苛立ってるかもしれないが、まぁ上手くやってくれ」

何をどう上手くやるのかわからなかったが、とにかく現状把握しないことには何も始まらない。黒服た

ちは全員ボートで引き返していった。浜に残されたのは一隻のボートのみだ。

後ろにボートが一隻だけ残されているのを確認して、一人が僕たちに歩み寄った。

僕の母親だった。


結局その後も、彼―宮前翔太が僕たちの前に姿を現すことはなかった。「気をつけて」とだけ言い残し

て、彼がどこに消えたのか―実際には僕たちが彼から離れたわけだが―については、僕たちが生き

ているうちは何の情報も得られなかった。そう、僕たちが生きているうちは。



依然として緊張した空気は解けることがない。不自然な間は、次の母の言葉によって取り繕われた。

「違うのよ…違うの。」

母は言った。僕らは至って状況が飲み込めないままだ。

「乗船券は、3人分なのよ」

「私たちは行きの乗船券と、この黒い箱を持たされて船に乗ったの。この島に上陸するまでは開けてはいけないって言われて。」

母は困惑したように続けた。

「それで、島に着き次第、子供たちの指示に従うようにって…」

僕らは息を呑んだ。

「この箱、どうすればいいの?」

最後の宝箱を僕らはとうとう見つけた。

中身はわかりきっている。

海岸から距離をとった船がこちらを嘲笑っているように感じられる。

…最後の選考会。

きっと主催者は、デッキでグラスでも傾け合いながら待っている。

この船の乗客、つまりはこの惨憺たるゲームの勝者を。

いま、この島にいる人間は自分達を含めて30人。

おそらく、僕らを除いた27人の「片親」は知らない。

僕らが拳銃を持っていることも、その箱の中身が銃弾であることも。

渡して、といえば素直に渡すだろう。

しかし、渡してもらったら当然、中身について聞かれるだろう。

見せろ、とすら言われるかもしれない。

いま、大人たちはこの箱の「未知数」によって制されている。

僕ら子どもが平然と開けるような素振りを見せれば、勿論のように介入してくるだろう。

この最後の選考会をどう乗り切ることにしようとも、主導権を大人に渡すわけにはいかない。

僕が考えあぐねていると、堪えきれなくなってか、ヤスが母親に食って掛かった。

「なにしてんだよ!?あの馬鹿親父は一緒じゃねぇのか??」

「御両親のどちらかのみ下船できますって言われたのよ!知らないわ…もう何なのここ」

自分に暴行を繰り返している父親でも、やはりこの状況下では気になるのも無理はない。

主催者は、僕らに「救いの手を差し伸べる企画」だと言っていた。

ヤスや亮介が気づいているかは定かではないが、僕の中には必然的に嫌な仮説が生まれる。

僕らは3人とも、親からの虐待を受けて育ってきた。

それはきっと、このゲームの参加者全員に共通して言えることなんだろう。

大人たちの顔を見ればわかる。困惑しているが、子どもの心配より自分の身を案じている。

感覚的にわかる。彼らは子どもより自分をはるかに優先して生きている。

ヤスと母親のやりとりが続く。

「いったいあの船はどうなってるんだ?」

「知らないってば!」

「俺らが下りたあとはどうなったんだ!?」

「雑魚寝するような大広間に通されて、そこで寝泊りよ!」

「他になんもなかったのか!?」

「殆どの場所が施錠されてて立入禁止。デッキにすら出れなかったんだから!」

「そりゃよかったな、何もなくてよ」

「どういう意味!?」

そこで若干、空気が変わった気がして、僕はヤスに目で合図した。

目の前で困惑している母親から箱を受け取り、即興で今後の展開を演説することにした。

箱を受け取った僕に、大人たちの視線が集中する。

僕は、あらん限りの創造力を振り絞った。


―この箱には、僕らに宛てられた指令が書かれているはずです。

僕らが最後に見た指令状にそう書かれていたのです。そこにはこうも書かれていました。

『絶対に 大人の手や知恵を 借りてはいけない』

ですから、この箱の中身をお見せすることはできませんし、このあと僕らについてきて

いただくこともできません。どのくらい時間がかかるかは判りませんが、僕らが指令を達成して

此処に戻るまで、どうかお待ちいただきたいと思います。―

すぐに怒号にも似た質問が飛ぶ。

「待たなかったらどうなるってんだ!?」

「それにはうちの子も関与しているんですか!?」

僕は落ち着いて、ヘマをしないように辻褄を合わせる。

―待たなかった場合にどうなるかはわかりません。ただし、僕らは全員船から下ろされ、

命の保証がされていないということだけは確かでしょう。―

「はっはっは、何を正義の味方気取りでいやがる!大人をなめてんのか!!」

「命の保証がないって、どういうこと!?息子は無事なんでしょうね!?」

様々な憶測と野次が飛び交っている。命の保証ってのはまずかったかと今更悔やむ。

しかし、こうやって表現するほかないような気もした。

その時だ。

苛立ちがついに頂点に達したか、ヤスが叫んでしまった。

「うるせーよ!てめぇらのガキはみんな死んだ!!死にたくなかったら黙ってろ!!」

凍りつく空気とはこのことだろう。一瞬で、それまで飛び交っていた言葉の群れが引いていった。

しかしそれも一瞬である。冷静な大人たちは、再び思い出したように怒号を飛ばしてくる。

「ふざけてんじゃねぇ!死ぬだの殺すだの簡単に言いやがって!」

「息子をどこへやったのよ!いい加減にしてよ!」

「おまえら、只じゃ済まさないからな!!」

…もはや収拾がつくような状況ではない。

ヤスでさえも、この事態には戸惑ったような表情を見せている。

「智哉、こいつらどーすればいいんだ…」

黙っていた亮介が弱弱しく聞いてくる。

ヤスは呆然として立ったまま動かない。

僕はこのままでは埒が開かないと思い、デイパックから最後の手段を取り出す。

僕は拳銃を持つ手を天に向かって一回大きく伸ばしてから、それを自分の母親に突きつけた。

「おとなしく下がれ。全員黙って、その場に座れ」


「とも…や…?」

「お母さん、大丈夫。撃たない。下がってくれればいい。」

母はそれでも動揺したか、多少おぼつかない足取りで数歩距離を置いた。

さすがの大人たちも驚いた表情は隠せず、黙って指示に従った。

僕は演説を続ける。

―いいですか。これは思っている以上に深刻な事態なんです。冗談かと思うかも知れませんが、

あなた方のお子さんは全員すでに絶命なさっています。それもこれも全て、こうなるように仕組んだ

主催者側の意図によるものです。このゲームの主催者は慈善活動をやってるわけじゃない…。

彼らは人の死から利潤を生み出し、それを賞金だとして分け与えようとしているだけなんです―

何故自分でもここまで他人事のように喋ることができたのか定かではない。とにかく伝えよう、

理解してもらおうとすることで頭が一杯で、文章を構成することなど不可能だった。思いつくままに

現状を言葉にした、それだけだった。

―みなさん、僕は死にたくありません。―

「俺もだ!!」

「僕だってやだよ!!」

ヤスと亮介が続く。


―僕らはこの島に下ろされてから今まで、生にしがみついてきました。そして、今もなお、

生き残ることを第一に考えています。それは、みなさんも全員同じはずです。―


僕はそういって辺りを見回す。

誰もが、当たり前だという表情で僕へ視線を送っている。

僕は誰にともなしに小さく頷き、ゆっくり息を深く吸い込んだ。


―このゲーム、誰も負けてはいけない。勝たなければいけない。そのために僕らがしなければならな

いことがあります。―


ヤスと亮介がこちらを見る。

大人たちも、その場にいる全員が僕の次の言葉を待っていた。


―それは、一度、死ぬことです。―


いよいよ、ラストステージが始まる。


主催者は銃声を待っていた。

合計で20発。乾いた空に響く鈍い音。それを主催者は待っていた。

生き残りが、船へと戻る。その時の表情を見るのもまた、楽しみだった。

そして、最後にその生き残りをさえ、殲滅するのも。

主催者の描いたストーリーは、そのキャストによって味わいを増し、非常に深みのある、

最高の出来映えになっていた。

ついに、最終章の幕が開けると思うと、心が疼いた。


デッキ、客室には黒服を配置してある。

島にいる人間の声は、最後の黒い箱に取り付けた小型マイクから

船内のスピーカーに流れた。

音が途絶え、双眼鏡で生存者が3人であることをデッキで確認したら

船を島に近づけるように、操舵室に指示が出される手はずになっていた。

黒服は一言も聞き漏らさないようにスピーカーに張り付いていた。

一人の子どもの声が、延々と聞こえている。

そしてその子どもは、何かを必死に訴えている。

涙ぐましい努力を、しかし黒服たちは嘲笑するしかできなかった。

生存者が確実に3人になるまで、餓死させてでも船は近づけるな。

それが黒服に与えられた任務だった。


―いいですか、鬼ごっこの要領です。僕が合図したら、一斉にみなさん逃げてください。でも、

少しずつ間隔はずらしてください。それを僕が順番に撃ちます。遠い人から順番にしましょう。

その銃弾は確実に外します。が、とにかくみなさん、当たったフリをして倒れてください。船のデッキ

からはそこまで正確には見えないはずですから、それで充分です。あとは、何とかします―


黒服たちは少しこの子どもを見直した。銃弾の行方は双眼鏡を使っても確かにわからない。

その上、このブラフに銃弾を全て使い切ることになり、手元に残る武器はなくなる。

ここまでの賭けを極限状態にまで追い込まれた子どもがするならば、或いはスピーカーさえ

なければ判断に迷ったかもしれない、とみな思っただろう。

しかし、何とかしますという言葉だけは運任せで無責任に聞こえ、やはり子どもらしい詰めの甘さ

も感じさせていた。


―それじゃあ、合図は特にしません。僕が銃口をあなた方に向けますから、先ほど話したように

僕から遠い場所にいるかたから順番に逃げてください。しばらく撃たないこともありますが、全力で逃

げてください。そして撃たれたら、僕らと船から見えるところで倒れてください、いいですね。―


大人たちは不安を抱えたままだろうが、とにかく提案に頷いていた。


―では。―


僕は銃口を大人たちの群れに向け、次々と逃げる大人たちの、その2mほど上を撃った。

大人たちは見事な演技で倒れていき、中には数歩足を引きずってから倒れる人まであった。

そして1人、1人と倒れ、ついに一番手前にいた母親の番だ。

母親は僕との距離でもわからないくらい小さく頷いて、じり、じりと下がる。

今にも泣き出しそうな顔で震えながら下がる姿は役者顔負けの名演技だ。

そして、僕に背を向けて走り出した。


主催者が待ち望んだ、最後の鈍い音が鳴り響いた。

それを主催者が聞いたかどうかは定かではない。

いま、主催者は左足を撃ち抜かれ、砂浜に倒れた。


―みなさん、ご協力ありがとうございました。ゲームの、終わりです。―


僕は声高らかに叫んだ。

倒れていた大人たちが、事情も飲み込めず呆然としながら起き上がる。

僕は、苦痛に顔を歪める主催者に歩み寄って、そしてその身体を抱きかかえた。

「ごめんね、お母さん。」


それからすぐに、船が島に寄せられた。

異変に気づいたのだろう、黒服に身を包んだ集団が慌てて僕の母親のもとへ走って来たのだ。

彼らは僕らを見るなり「まさか」という表情を見せたが、特に危害を加えられることはなかった。

彼らは興が冷めたように母親を船へと運び、僕らも全員船に乗ることを許可した。

もともと、共犯というよりは主催者以外は指示に従うだけの駒であったようだ。

僕は船内で他の大人たちに状況を説明した。

なぜ、母親が主催者であるとの結論に至ったかを含めて。

母親は心の何処かで夫を―つまり僕の父親を恨んでいた。ネグレクトという手段で徹底的に僕を遠ざ

けた存在として憎んでいた。日増しにその思いは強くなっていたのだろうか、パソコンの検索履歴に

「ネグレクト」という言葉が一度だけ残っていた日があったことを覚えている。母親は夫の前では同調

を装い、その裏ではどうしたら夫のネグレクトを解消できるかと頭を抱えていたんだろう。今思えば、母

親が多数所持していたカウンセラーの名刺などは、母親自身の僕に対するストレスが原因で所持して

いたのではなかったのだと思う。恐らく、色んなカウンセラーのもとを回って話を聞き、対策を練ってい

たものと思われる。

「うちのお母さんなんて全然だめだ、船酔いしててずっと船内で寝込んでたんだって。だからこんなに

大きな事件の一部始終知らないみたいなんだよ、ホントやんなっちゃう」

「いや、亮介のお母さんはこれ以上ないくらい怖がりなんだろ?だったら無理に怖い思いをさせること

はないさ。いずれわかるかも知れないし、そのときにフォロしてあげればいいじゃない」

ヤスは横から俺が言ってきてやろうかと亮介をからかっている。ようやく僕たち三人にもいつもの笑顔

が、日常が戻ったような心地だった。それと同時に、今までの疲れがまとめて出ており、三人ともすで

に睡魔がすぐそこまで襲い掛かってきていた。

「もう寝ようぜ、さ~すがに疲れた」

「そうだな。明日の午前中には着くらしいしな、寝るか」

「じゃ、また明日ね!!」

亮介はそういうと我先にと部屋へ戻っていく。

「お母さんにいい子いい子してもらえよ、亮介!」

「しないよバカ!!」

亮介が角を曲がったのを見届けてから、僕たちも分かれて部屋に戻った。

「おかえり。」

そういって迎えてくれる父親はどこかくすぐったい気持ちがする。

「ただいま。」

僕は月並みに答えた。微かに父親が笑った気がした。

窓の外には引き込まれそうなほど暗い海と空に浮かぶ眩しいほどの明るい月だけが見えていた。

闇の中で僕たちを導いてくれる光。

それは大きな月でもあり、父親の背中でもあるような気がする。

この悪夢から漸く解き放たれるまで、あと6時間程度。

たった一晩。

それが僕と父親の一緒に過ごした最後の夜だった。


最後の「宝探し」を告げるサイレンが、闇夜を切り裂く。


「いいか智哉、よく聞け。船で待っている最中、俺は黒服の目を盗んで船内を色々調べて回った。そし

て器具庫にあったコイツを拝借しておいたんだ。」

そういって父親は部屋にある換気扇の奥に隠しておいたバールを取り出した。すると父親は窓際に行

き、思い切り窓ガラスを叩き始めた。窓ガラスはヒビこそ入るがなかなか割れない。父親は何度も叩

いた末、ようやく窓ガラスを割ることに成功した。確かに、この窓ガラスはバールでもない限り割れな

かっただろう。一仕事終えた父親は息を整えながら続けた。

「もし、火の手が回って、もう駄目だと思ったら、迷わず、海へ飛び込め。」

「父さんは!?」

「俺はこの扉を開けないといけない。」

「なぜ?一緒に行こう!危ないし、その扉はいくらなんでも壊せないよ!」

僕は父親の腕を掴んで引っ張る。父親という存在に久しぶりに触れた。そして、そんな僕をいとも簡単

に振り切る父親の強さも実感した。

「父さんが逃げたら、誰が母さんを助けるんだ。」

「だって母さんは父さんを殺そうとしたんだよ?いくら夫婦だからってさ…」

僕は父親を止めようと必死になるが、それでも父親は首を縦には振らなかった。

「バールはな…」

「え?」

「バールはな、器具庫に50部屋分全て置いてあった。ご丁寧に緊急時のマニュアルもな。わかるか?

母さんの部屋の分もないんだ。そしてこの扉は、火災発生時には内側から強制ロックがかかって、火

をくい止めるシステムになっている。母さんは何故バールを持っていない」

「それはお母さんが犯人だってばれないように…。」

「なら今の父さんのように隠し持っておけばいい」

「そうか…。いやでも待って。元から余分に持っていたならわからないし、第一この火災がお母さんの

仕業なら、もう部屋にはいないことになるよ!!」

「母さんの仕業…ならな。」

僕は言葉を失った。一体この人は何を言っているのだろうと思った。

「おまえが謎解きの説明をした後にな、俺は母さんの部屋に行ってみたんだ。黒服たちも夫だというこ

とで特別に会うことを許可してくれた。中にいたのは、椅子に座って縄で動けないように縛られ、ほ

ぼ監禁状態の母さんだった。中にいた黒服にやめてくれと言ったが、彼らは裏切られた身だからな、

全員下船して安全の確認がとれるまでは我慢してくれと言われた」

相変わらず火災報知器がけたたましく鳴り響いている。僕はまだ確信なんてものはなかったが、直感

で、それが母さんからのSOSであるように聞こえてきていた。

「それじゃぁ…」

「あぁ、他にいるはずだ。母さんは利用されたと俺は見ている」

父親の話は真実味を帯びていたが、確信が持てるような証拠はない。それ以前にそんなことを確かめ

ているだけの時間もなかった。父親は渾身の力で扉のロックを外そうとしている。その姿は鬼気迫るも

のだったが、不思議と安心感も覚えた。

五分くらいたっただろうか、ついに父親はロックを外し、扉を開けた。まだ部屋の前に火は到達してい

ないが、空気はやはり熱い。部屋のロックを解除するためには火災報知器の全体をコントロールして

いる機械のある場所まで行き、それを止めなければならない。だが、この犯行手口からすれば、火災

はその部屋で起きたか、もしくはその通路を絶つように火が回っているか、或いは客室からでは辿り

着けないような部屋が使われているかのいずれかである可能性が高い。それは父親も充分承知して

いるだろう。いま、僕が父親を止める術は恐らくない。僕は父親の背中をただ見つめていた。

「船から飛び降りたら、すぐに船の後ろへ回れ。俺からのプレゼント、最後の宝探しだ。」

僕には意味がわかなかったが、とりあえず頷いておいた。

「それじゃ智哉、また後でな。」

父親はそう言い残して出て行った。

海からの夜風が心地よい。僕は放心状態で父親の去った入り口を眺めていた。

父親から生き残るための道を用意してもらったというのに、僕の頭の中では今までの家族との思い出

が走馬灯のように駆け巡っていた。

それから5分くらい経っただろうか。父親が戻ってくることも、正面や隣の部屋から人が出てくることも

なかった。相変わらず火災報知器のサイレンは鳴り響いている。気付けば火はついに僕の部屋の中

にまで入り込んできており、煙も徐々に充満しはじめた。部屋の上部が黒く濁り、熱さと息苦しさが一

気に押し寄せてくる。煙を避けながら大きく息を吸った。

「先に行くよ!」

僕は部屋の外にまで届くように大きな声で叫ぶ。

僕はついに海へと脱出した。


僕が落ちたところから船の最後尾まではやや距離があった。父親の言いつけを守り、必死の思いで

泳いでいく。すると暗がりに、蛍光色の黄色が浮かび上がった。救命ボートだ。ボートは船の上からで

はギリギリ死角になる位置に、かなり長いロープで繋がれていた。父親は黒服の隙をついてこんなこ

とまでしていたのかと驚きを隠せなかった。黒服に見つかればいくらなんでも命の保証はなかっただ

ろうに。僕が勘定に入っていたかは定かではないが、少なくとも母親にとっては最高のパートナーだっ

たんだなと思った。僕はボートにしがみつくような格好で乗り込んだ。

その瞬間。前方でとてつもない爆発音がしたかと思うと、辺りが一瞬明るくなった。おそらく、オイルか

何かに引火したんだろう。僕はこのとき、両親や友達との別れを察知した。

幸い、ボートのほうへ船体の破片などが落ちてくることもなく、暫くするとまた静寂が訪れた。静かな

海の上に一人。自然と悲しみや悔しさがこみ上げてくる。犯人は母親じゃないとしたら誰なのか。

僕は暗闇の中で一人泣いた。そして夜空へ向かって祈った。

相次ぐ大きな事件に僕は力尽き、そのまま眠りに堕ちた。

一時間くらい経ったんだろうか、僕は大きな物音に目を覚ました。

船だ。

助けにきてくれたんだ。そう思うといてもたってもいられなくなった。僕は大手をふるって人を呼ぶ。

しかし船は僕に気付かないのか、通り過ぎようとしている。

僕は懸命に叫び続けた。

「助けてくれぇ!!助け…」

船内が僅かに月明かりに照らされ、僕は思わず黙ってしまった。

こちらを向いて少年が笑っている。

操縦は女性がやっている…母親だろうか?

僕は目を凝らしてみるが、月を背景にした船の位置もあり、よく見えない。

乗っていた少年が手元で何かしている。僕は身を乗り出して見ると、それは拳銃に弾を詰める作業だ

った。僕はその瞬間身を翻し、ボートの縁の部分に隠れる。

一発。…二発。

一発目は外れたが、二発目がボートに命中した。怪我こそ負わなかったが、弾丸はボートを突き破っ

てしまい、そこから見る見るうちに浸水し始めた。

船の動向を確認したい隠れ蓑としてのボートが役立たずになりかけている。これで銃撃が終わりとも

限らないと、僕は海に飛び込んだ。ボートにしがみつき、そっと顔だけ出す。船はそこまで離れていな

かったが、泳ぎで追いつける距離ではなかった。僕は呆然としながらも、船を睨み続けた。

すると船に、一瞬だけ電気がついた。乗っていた親子らしき二人の顔が鮮明に浮かび上がり、僕は愕

然とした。

「なんで」

「どうして」

僕は失意のなか、意識が薄れていくのを感じた。

ここまでかな、と僕は諦めた。

体が波に揺れてなんとも心地よい。僕は遠のく意識の中、海の静かなリズムに酔いしれた。


後日、僕は救急隊によって一命を取り留めた。僕は何故か救命ボートに乗せられて海を漂っていたら

しい。あのときボートは確かに沈んだはずだったが、とにかく僕は神に感謝した。

生きている。

僕はまだ生きなければならない。

事件は付近を偶然通りかかった漁船によって発見され、ただちに現場調査が行われた。船は火災に

よる被害が大きく、乗っていた客は僕と犯人を除いて全員の死亡が確認された。というのは、船自体

はあれだけの火災によっても沈没を免れたらしいのだ。犯人は未だ捕まっていないというが、僕は事

件を知る唯一の人物として捜査に協力することになった。行方を追っている犯人とされる人物の顔写

真を見せてもらった。あの船に乗っていた人物で、現場から遺体が見つからなかった人物。それは紛

れもなく僕を嘲り笑って去っていた人物に相違なかった。

いつか、渋谷の路上でアンケートの協力を仰いできた母親と、僕とヤスをこの宝探しに巻き込んだ息

子。現在、彼らは海外を逃亡中とみられている。


なお、この事件の犯人とはされていないが、船から遺体が発見されなかった人物がもう一人いた。

己の最期の瞬間まで息子である自分を必死に助けようとしてくれたこの人物に心から感謝している。
【2008/05/18 23:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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