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序盤
陰鬱な煙色の空から、悲壮な声で雨が鳴き届く。

叩きつけられた声がぼくの足へすがりつく。無数の涙が足へ纏わりつく。

僕を頼っているのだとしたら、彼らは大きな勘違いをしている。

僕を仲間だと思うなら、彼らは少し傲慢かもしれない。


僕はこの景色だ。


遠くの空を眺めている時のような定点のなさで僕はぼんやりと存在しているのだ。

決して意志が弱いだとか、流されやすいだとかいう意味ではない。

僕は確かに「いま、ここ」に存在するし、自我同一性とかいうものも備えていると思う。

遠くの空を構成する分子の一つひとつが確かに存在しても、僕たちはそれをぼんやりと、

あってもなくても気にも留めないような眼差しで捉えているのと同じ感覚で。

僕は結局、誰からも、細かいことは気にされないか、或いは目を逸らされてきた。


初めて口にした言葉は、きっと愛情だとか、そういったものを享受したいという一心で

僕の内側から出てきたのだと思う。両親をパパ、ママと呼ぶ子どもの言葉は、単なる学習や

鸚鵡返しの成果の域に留まらないことを僕は信じる。

人は成長するにつれ、言葉を道具として独立させてゆく。

しかし僕の場合、それは少し特異であったように感じられる。


「なんで」

「どうして」

悲しいことに幼少期に使い慣らしてしまった言葉だ。


虐待。


僕はこの言葉に常に違和感を感じて育ってきた。


虐待。


この言葉ですら、僕は愛情を感じるのだ。

おそらく、それは肉体的な苦痛を伴う暴力が介在するのが一般的なイメージだろう。

どうせ親から愛されないなら、いっそ僕もそうして痛めつけられているほうが幸せだったように思う。

我が佐伯家では、それほどまでに乾いた親子関係が築き上げられていた。

父親からの徹底的なネグレクト。

両親が僕の言葉に反応してくれるのは、稀に父親がギャンブルで大勝して極めて機嫌のいいとき

だけだ。そして、そんなときですら僕は話題の主役にはなれない。あくまで、父親のみている風景の

中に僕の存在が認められるだけ。風景と、僕という景色が分けられるだけ…本当にそれだけだった

と思う。なぜ僕がそこまで愛されないのか、生まれてこの方僕は知らない。

だから僕は何回も聞いた。

何度無視されようとも、しつこく、しつこく聞いた。

それでも父親から殴られるようなことはなかった。

父親はずっと俯いたまま、僕が諦めるのを待つか、或いはどこかへ逃げてしまうのだった。

しかし僕は何回も聞いた。使い古した言葉で。何度でも。何度でも。

結局僕が小学校高学年になっていよいよ諦めるまで父親は頑なに僕を拒んだ。

いや、単に僕が父親の視覚や聴覚についに認識されることがなかっただけなのかも知れない。

目が合うことは何回もあったはずだ。

だから、僕は余計悲しかった。


母親は優しかった。

だが嘘がつけない人だった。だから僕が父親からネグレクトされているときも、心の中では必死に

庇っていてくれている気がしていた。だが父親のように行動に移すようなことまではできない

だけで、やはり彼女も僕の存在を望んではなかったように思う。

ずっと一緒に暮らしているからこそ、僕は2人の間に流れる空気を読むことに関しては

誰よりも得意だった。顔や身振りをみれば、何を考えているかだいたいの見当くらいはついた。

だからいつも母親が僕と距離を置きたがっているときは、僕から離れてあげた。

そんな僕をみて、母親はいつも謝った。そして、自分のことを罵るのだった。


だから僕、佐伯智哉の人生は、いつだって乾ききっていた。


せめて殴られるでもいい。

僕にとってはボディーランゲージだ。

両親と腹を割って本音で話したい。

いままで一度たりとも叶った事がない、僕の夢だった。


特に外出の用事もない週末に雨が重なると、家という空間で僕は世間から隔離されたようで、

それでいて外に行く気も起こらず、ひたすら暗い気分になる。

特に気分屋という性格でもないのだが、昔から何故か変わらない。


昨日まで降り続いていた雨があがり、雲の間から陽の光が一直線に伸びている。

僕の平日の朝はいつも勝手に慌ただしい。

両親は共働きだから、僕には一切構わず早くに家を出てしまう。

もっとも、家にいたところで会話もないのだけれど。

だから僕はどちらにせよ、自力で朝を乗り切らなければならないのだった。

ところが毎日、第一次の目覚ましの攻勢には耐えてしまう屈強さをすでに獲得しており、

大抵の場合第二次で目を覚ますか、或いは反撃に転じる。

反撃した日は僕もある意味撃墜されているから相打ちだとも言えるだろう。

しかし、気配を察知して先に攻勢に回るような日は一日だってないのだった。

第二次で辛うじて目を覚ました今日は運がいいなどと考えながら、僕は部屋を出る。

下の階へ降りて、リビングでトースト一枚の朝食を摂って、コーヒーで一服。

優雅なひと時を過ごすなら最低30分は欲しいところだが、現状を考えると

その10分の1の時間も僕には許されていないだろう。

トーストとコーヒーをほぼ同時に胃に流し込み、同時進行で食器を下げる。

洗い物は母親がやってくれるので、流し台に置いておけばよい。

この辺りは恵まれた家庭だと感じる。

僕は世間一般の「優雅なひと時」の3分の1の時間で全ての身支度を済ませ、家を出た。



今年で、僕は中学2年生になった。

学校は都内にある公立中学校で、進学率は高いが難関高校には縁のない、

可もなく不可もないような普通の中学校に通っている。


都内といっても23区ではなく、家の周りには畑もあるような静かな場所に住んでいる。

学校は家から自転車で15分ほど。緩やかな坂道をずっと下っていく道だから、

行きは楽だが帰りはそれなりにつらい。

この前なんか、曇りだと油断して自転車で学校へ行ったら大変な目にあった。

ぐちゃぐちゃにぬかるむ道と視界の悪さで何回転びそうになったかわからない。

梅雨なのに強行突破しようとした僕が悪いんだけど。

でも、そんな苦労ももうすぐ終わる。

受験も何もない夏休みがすぐ目の前までやってきているから。


「と~もや~っ」

「トモくん、おはよー」

この辺りで一番広い畑の向こう側から声がする。同級生で幼馴染の康博と亮介だ。

僕たちはいつもこの畑の先で合流し、学校までの一本道を通う。

僕の進行方向右側、二人がいる道は隣の大方町へと続く。僕の住む三郷町よりも開けていて、

駅前では2年後にオープンするデパートの建設工事が始まっている。僕たちの学校では全生徒の

半分以上がこの二つの道のどちらかを通って帰宅するが、そのうちヤス―康博のことを僕はこう呼ぶ

―と亮介の通る道の方が勝ち組の通る「ヴィクトリーロード」と呼ばれている。小学校と中学校が

隣接しているため六歳のころから僕はずっと負け組呼ばわりだったが、最近はあまり気にならなく

なってきた。そもそも負け組に分けられる根拠がないじゃないか、と気付いたのだった。


僕はあまり友達が多いほうではなかったから、学校にいるときはこの二人と一緒にいるか、

もしくは一人で図書館やら保健室やらにいることが殆どだった。

夏休みの近い今の時期になると、冷房の効いた保健室に三人で雪崩れ込んで先生の顰蹙を

買うことも少なくない。しかし、家にいても会話する機会のない僕にとっては至福の時だった。

学校にいる間、僕は家庭のことについては触れないようにしている。三人で話していると時々家族の

ことについて愚痴なんかを言い合うことがあるが、そういう時は決まって話を合わせるか、「ありがち

な話」を自分にあてはめてその場をやり過ごす。小学校からこんなやりとりを続けていると、時折

前回話したことと辻褄が合わないことに気付いて内心焦ることもあるが、彼らは一度だって気付いたり

、訝しがったりしたことはなかった。彼らのそういう大雑把なところは魅力の一つだと思う。


学校に着くと、とりあえず僕たちは体育館へ向かう。

毎週月曜は全校集会の日で、朝から教職員まで含めた全員が体育館に集まるのだ。

そこでは校長の話や生活指導部からの連絡事項、部活動の大会成績発表や表彰も行われる。

今日も囲碁部が地区予選を勝ち抜いたという報告が一件あったが、当事者以外には全く興味を

そそられないイベントだと僕は思う。僕は帰宅部だから、未来永劫表彰とは縁がない。

亮介は放送部だからこれまた縁がない。唯一縁があるのはヤスくらいのもので、

陸上部だから時々個人名で表彰されることもあるのだが、聞けば、特に感慨もないらしい。

それがヤスだからなのか全体的にそうなのかはわからないが、少なくとも三人にとっては

極めて無駄な時間という見解で一致している。

しかし、今日はちょっと違う。体育館の入り口に大きな文字で「第一学期 終業式」と書かれ

た紙が貼られている。それを見るなりヤスは無闇に感慨深い顔をしていた。

「う~ん、今日で終わってしまうのだなぁ」

「まったく残念ですな」

また始まった、と僕は思う。これから教室へ帰って大はしゃぎで「予定会議」を開くくせに。

僕もその会議の一員だから、なんとも言えないのだけれど。


「無駄な時間」が終わり、教室に帰るとそのまま担任から簡単に挨拶があり、解散になる。

挨拶自体はすぐ終わるのだが、通知表の結果でみんなが騒ぐものだから、一向に収拾が

つかずに長引くのがいつものパターンだ。三人はこれも「無駄な時間」と呼ぶ。

僕たちは諦めにも似た感情で、通知表は「見ずに鞄へ」が合言葉だった。


起立、気をつけ、礼。そういうと、我先にと教室からみんな流れ出ていく。

そうして空いた教室が、僕たちの会議室と化すのだ。


「夏休み、どーするよ?」

ヤスが僕の前の席に陣取った。亮介も僕の横に座って荷物を机に置く。

「どこか遠くに行ってみたいね。せっかくだから涼しそうな北海道とか」

そういって鞄からパンフレットのようなものを出す。

「ほら、北海道に行けるツアーだよ。二名様からだから僕たちだけでも申し込める」

「おっ、やるじゃん。」

パンフレットを半ば強奪して、ヤスが読み始める。

僕は北海道には賛成だったが、果たして金額が現実的であるか不安だった。

「ねぇ、北海道っていくらかかるのさ?」

僕の問いかけに、ツアー内容だけに夢中になっていたヤスがはたと気付いて顔を顰めた。

「往復二泊三日で…五万?待て、中学生の出せる金額じゃねーじゃん!!」

そういってヤスは途端に機嫌が悪くなる。

「それはそのツアーの推奨ホテルに泊まったとき。他の提携ホテルならもう少し安くなるよ」

「そうは言っても三万円くらいでしょ?とてもじゃないけど無理だよ。」

僕はそういって亮介の提案を却下する。亮介は三人組の中でも富裕層の部類で、

亮介が金銭面で苦労しているところは見たことがない。

佐伯家も貧乏というわけではなかったが、共働きでようやく生計が成り立っている感じで、

当然ながら僕には最低限のお金しか回ってこない。お小遣いも定額で支給されるわけでもなく、

必要なときに理由と金額を一回ごとに申告しなければならなかった。

旅行に行くから三万円工面してくれなどとは口が裂けても言えない。

結局この日は煮詰まらず、早いうちに一回集まろうというだけでお開きになった。


あまり内容のある話をした覚えもないが、家に着く頃には日差しが傾いていた。

昼食すら摂らなかったのでそろそろ限界が近い。郵便受けの夕刊と郵便物を取り、

玄関へ倒れこんだ。時計を見ると17:30過ぎ。母親が帰ってくるまであと2時間はある。

折角ここまで辿り着いたのだからと最後の力を振り絞って自分の部屋を目指す。

コンビニにでも寄ってくるんだったと後悔しつつ、ベッドへ身を投げ出した。

冷蔵庫を開けて食料を探しても後で怒られるようなことはないのだが、何か後ろめたい気がして

体調が悪いとき以外はやらないことにしている。こういうときは、ひたすら寝るに限る。


「智哉?ご飯できてるわよ?」

母親の声で目を覚ました。寝起きはそんなに食欲がないものだが、今日のような日は別だ。

今行く、と言って僕はこのとき漸く制服から部屋着に着替え、リビングへ向かった。

母親とは食事中も普通に会話するが、父親は「いただきます」、「おかわり」、「ごちそうさま」以外は

殆ど何も言わない。もともと無口なこともあってか、この夫婦間でも会話量は多くないのだった。

「そういえば智哉さ」

「ん?」

「夕刊と一緒に玄関に封筒が届いてたけど、智哉宛てだったわよ?」

「あ、マジで?」

「ソファのところに置いてあるから持って行ってね」

「はいよ。」


封筒は確かに自分宛てだった。送ってきたのは名前も知らない会社で、社名だけ書いてある。

普段ならこの手の手紙はすぐにゴミ箱行きとなるのだが、「佐伯 智哉 様」の下に

「締切日に御注意ください」と但し書きされており、僕は妙な不安を感じた。

親に迷惑をかけるような事態になることだけはあってはならない。

そう思って、僕は封を開けた。


中から出てきたのは身に覚えのない当選を知らせる書類だった。

どこからどう見ても怪しい。

【おめでとうございます!!】

ありがとう、そしてさようなら。

ポイ。

僕宛ての手紙なんて大抵は、こういったふざけた書類か、予備校の受講案内くらいのものだ。

ラブレターとは言わない。せめて知り合いから便りでもこないものか。

考えるだけバカらしい、そう思ってベッドに寝転がりため息をつく。

昨今の急速な情報社会化が元凶だなどと考えつつ、僕は新着メールをチェックするのだった。


翌朝、僕は二回にわたる攻勢に耐え切れず起きてしまった。

定時にセットしてある目覚ましを解除せずに寝てしまったのだ。

僕の夏休みは、思いがけず規則的な生活リズムを維持したまま始まった。なぜか少し悔しい。


携帯ディスプレイに映る、06:30の文字。

あぁもう…と声にならない声で項垂れると、時計の表示の上に小さなアイコンがあった。

新着メールだ。こんな朝早くから誰だろうと思って開けてみると、ヤスからだった。

しかも着信時間は夜中の2時。朝からというのは誤解だったが、この時間もどうかと思う。


『無題 なんか水色の封筒きてない?いかにも怪しい感じの』

『Re: きてたけど当然ながら捨てた。』

『Re:Re: オレも最初そうしたけど、よく考えたらあの時のじゃね?』

『Re:Re:Re: あの時ってなに?』

『Re:Re:Re:Re: ほら、渋谷行ったとき学生アンケートに捕まったじゃん。』

あぁあれか、と僕は思い出した。

今年の2月初めだったと思う。

テスト前だというのに、いや、テスト前だからこそ、僕たちは用もないのに渋谷を徘徊していた。

所謂、現実逃避ってやつだ。何か面白いことはないかと期待してみたものの、そんなに都合よく

イベントやらがあるわけもなく、暇を持て余していた。かといって家に帰る気は毛頭ない。

センター街を往復し、道玄坂や代々木公園まで足を伸ばしてみても何もない。

半ば諦めかけてセンター街まで戻ってきていたところに声をかけられたものだから、

何も考えずに二つ返事でついていくことにした。声をかけてきたのは40代半ばくらいの女性で、

特に訛りがあるわけではないのに、語調がすごく柔らかい人だった。

「すぐそこですから」

そう言われたにも関わらず、声をかけられた場所からは少なくとも300mくらいあったと思う。

銀行の横を抜け、線路沿いに進んだところにある古く汚いビルの5階。

エレベーターも僕たち三人とそのおばさんでギリギリ乗れるくらい。一人でもメタボがいたら

二手に分かれる必要があっただろうと思う。内部は意外としっかりとしており、外見からは想像が

つかないくらい清潔感が保たれていた。僕たちは個別に仕切られた机でアンケートに答えた。

僕は比較的真面目に回答したが、ヤスは1分足らずで終わらせたらしく、僕のほうを覗き見ては

ニヤニヤしていた。ヤスの適当加減に中てられて僕も後半部分は気分で丸をつける。

後ろでは亮介が真面目に取り組んでいるので、僕は覗き見してきたヤスと目を合わせた。

「うおっ、びっくりした。なんだよ急に」

「うおじゃないよ。終わったし出よーか」

「時間全然潰れなかったな」

「まぁ街頭アンケートってそんなもんでしょ」

「あ、先に外出てるよ、亮介」

僕がそういうと亮介は手でヒラヒラと了解の合図を出した。はやくしろよ、とヤスが釘を刺す。



会場出口にある回収箱にアンケートを入れエレベーターに乗ろうとする僕らに声がかかる。

「あの…」

「はいっ」

アンケートがあまりに適当すぎて怒られるのかと思い、思わず声が裏返った。

「君たちは高校生かな?」

「ええまぁそれなりに。」

おい。どこからつっこめばいいんだ。

「東京都内にお住まい?」

「はい、都立森咲高校1年です」

森咲といえば都内屈指の進学校である。僕からしたら口にするのも憚られるほどの悪い冗談なのに、

それをこんなにも簡単に母校だと言い切るヤスは凄いヤツなんじゃないかと思ってしまう。

「あらほんと?実はいま都内の高校生を対象に旅行なんかが当たるキャンペーンをやってるんだけ

ど、参加してみない?今月末までに登録してくれた人の中から抽選するんだ」

「僕たちは何をすればいいんですか?」

「ただ住所とか名前とかを書いてもらうだけ。今後もアンケートを送付させてもらったりする代わりに賞

品をあげますよっていうのが実際の企画なんだけどね」

どう考えても新手の悪徳商法にしか思えなかったが、ヤスはちゃっかり自宅の住所と電話番号を書い

ていた。途中ヤスに睨まれたことと、おばさんの笑顔とに負け、僕も適当にありそうな住所と、名前だ

けは自分のものを書いておいたのだった。

『Re:Re:Re:Re:Re: 今更あの時の賞品だってのか?』

『Re:Re:Re:Re:Re:Re: 今更ってことないだろ。キャンペーンが最近終わったのかも知れないし』

まぁ確かにそうかもしれないけど。僕はゴミ箱から青い、いかにも胡散臭い封筒を取り出し、一応もう

一度中身を読んで見ることにした。新手の悪徳商法だという固定観念はそのまま根付いてるけれど。

【夏だ!宝探しだ!! わくわくサマーキャンプ in無人島】

僕はあまりの胡散臭さにもう一度ゴミ箱に投げ捨てそうになった。が、なんとか思いとどまって早速ヤ

スに返信する。

『Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:』…

Re:が多い。僕は意外とこういうのが気になる人なのだ。

『無題 どう考えても恥ずかしい。間違いなくやめておくべきだ。』

『Re: バカ、全部読んだか?100万円だぞ、100万円』

何を言い出すのかと思いもう一度よく見ると、確かに右下にそれらしき記述がある。

【見事宝を発見したチームには、100万円相当の豪華景品を進呈!!】

…どこまで胡散臭いんだろう。むしろ、本当にこれで参加者を募る気が主催者側にあるのか疑問であ

る。こんなものに引っかかるようなバカがこの世にいるとは。僕は心底悲しくなった。

『Re:Re: あのな、詐欺って知ってるか?』

『Re:Re:Re: なんて読むの?』

呆れ果てた僕は二度寝を決意した。

それから2時間くらい経っただろうか、今度は電話で叩き起こされた。不機嫌極まりない声色で出る

と、向こうから能天気な声が返ってくる。

「寝起きかな?おっはよートモくんー」

「何。ってかヤスにトモくんって言われると調子狂うからやめて。」

「朝はひどいじゃん~ずっと返信待ってたのに」

「あーあれね。サギだよサギ。勉強になったでしょ?」

「あの後すぐ兄貴に聞いたよ。何やらかしたんだって問い詰められて大変だったんだから」

「それで今度は何?」

「昼過ぎから亮介ん家で会議の続きやるから」

「うそぉ…メールとかでいいじゃん…」

「いちいち送るの面倒臭いだろ。ま、とにかくそういうことだから。」

「はいはい」

「絶対来いよ!」

「はいはい」

「あ、昼飯は食ってきてね」

「はいはい」

「じゃ!」

ツーツーツー。

僕は三度寝を決意した。


空腹に耐え切れず起きたのはそれからさらに2時間後だった。11時ともなると、朝ごはんにすべきか

昼ごはんにすべきか迷う。いつもなら迷っている間に昼ごはんにせざるを得なくなるのだが、ヤスがま

たうるさくなると面倒なので、「早めの昼食」ということで手を打った。

本日のランチはカレーライスと野菜ジュース、つまり前日の残り物。カレーは一度食卓に顔を出すと何

日間か常駐してくれる。ちなみに僕の持論は"カレーこそ少年のロマン"。そう、こんなに幸せで優雅な

ランチタイムを邪魔する者は許さない。僕は携帯電話の電源を切り、仰々しく一礼した。

「いただきます。」


結局家を出たのは13時過ぎになった。僕は自転車に跨り、とりあえずヴィクトリーロードを目指す。

周りは畑ばっかりだから近道でもできそうなものだが、自転車が通れる道は実は限られている。かと

いって近道を選んで歩くと、逆に時間がかかる。最速で行くには彼ら二人の通学路を通らなければ

ならないと思うと、何故かひどく理不尽な思いがするのだった。

亮介の自宅はマンションだが、借り手ではなく貸し手である。昨今は入居者に難癖つけられたりして面倒

なんだよと言っていたが、それでもマンションの最上階は憧れの場所だと僕は思う。亮介の両親も共

働きだが、佐伯家のように生活費云々ではなく趣味というか、まぁそういうものらしい。つまり夏休みに

なると日中の殆どの時間、最上階を亮介は独占していることになる。いつだったか亮介がそのことに

ついて口を滑らせてしまった。ヤスがそれを聞き逃すはずもなく、「長期休暇中・平日・暇」の条件が揃

えばアポなしであろうと押しかけるようになった。僕もそれに乗っている身だからヤスを悪く言うことは

できないが、本来は良くないことだなという自覚くらいは辛うじてある。亮介も最初は戸惑っていたが、

ヤスが思いのほか静かに過ごしてくれることを知り、特に拒むこともなかった。最近では両親が不在で

あれば亮介のほうから僕とヤスを呼ぶこともあった。アポなしで行った日と亮介に呼ばれた日では出

てくる茶菓子の質が違うのだが、それでもヤスはアポをとろうということはしなかった。

この辺りでは比較的大きな部類に入る笹川公園を東へ横切ると、途端にビルが多くなる。目の前には

大方駅まで続く街唯一の片側二車線の並木道が伸びている。あと2、3ヶ月も経てば、ここは左右を

埋め尽くすイチョウで黄色く、鮮やかに彩られる。二車線とはいえ交通量はたかが知れたもので、僕

はこの「黄道」の真ん中を自転車で一気に駆け抜けるのが好きだった。この季節はさすがにまだ青々

とした葉ばかりだが、車道を全速力で駆け抜けるのはそれだけでも充分に気持ちがいい。

駅までの道のりを半分くらい過ぎたあたりでに交差点がある。ここを右に曲がるとヤスの家へと向かう

道で、左に曲がると亮介の家へと向かう道になっている。亮介の家に行くときは右から左へヤスが自

転車を飛ばすところに合流できることも多いのだが、今日はやっぱり僕が遅すぎたらしい。

交差点を曲がって50mも進めば左手にレンガ造り風のマンションがある。ここの9階、すなわち最上階

が亮介の自宅である。僕は自転車を駐輪場に置き、エントランスに入る。

「9、0、1、呼出」

車道を飛ばしてきたせいもあって、ここへ辿り着くまでに多少息が上がってハイな状態になっていた。

ボタンを押す手も自然とリズム感よく、早くなる。傍からみたら単にせっかちな人間にしか見えないん

だろうが、運動後こうなるのは僕だけなんだろうか、といつも思う。運動後の僕は普段のヤス並みにせ

っかちだ。そんなわけで早く開けてほしい僕の思いとは裏腹に、「ピーン…ポォーン…」とさも面倒くさ

そうに、ゆっくりと呼び鈴が鳴る。

「はいよ~」

スピーカーから間の抜けた声がして、自動ドアが開く。初めてきた時は「もし人違いだったらどうするん

だろう」とか勝手に心配していたが、最近のインターホンはモニター付きだとわかった時には人知れず

恥ずかしかった思い出がある。トラウマというわけでは勿論ないが、インターホンを使う機会があるた

びにそのことを思い出してしまい、そのたびにやっぱり若干恥ずかしい。

ロビーはそんなに広くないが、マンションの一階部分はコンビニとクリーニング屋に貸し出しているくら

いだから、敷地自体は相当広い。実際に部屋を貸し出しているのは3階からで、2階部分はカタカナで

書かれたよくわからない社名の企業が事務所として使っている。

僕はエレベーターで9階へ向かう。ここのマンションのエレベーターは特殊で、9階に行くときだけは9

を押した後に「4・6・4・9」と続けて押さないとロックが解除されない仕組みになっている。最初は何

度9階を押しても行けず、散々悩んだ挙句8階まで行って非常階段を使った。亮介は本当に言い忘れ

ていたらしく僕は何べんも謝られたが、後ろではヤスが悪意に満ちた笑みを浮かべていた。僕はその

表情を思い出すと今でも腹が立つ。

エレベーターを降りると、すでに玄関が開いていた。僕は瞬時に嫌な予感がし、脳が警戒態勢に切り

替わるのがわかった。ここで何も考えずに入っていったらまんまと罠にかかる。前々回は入った途端

水鉄砲でジーンズにお漏らしでもしたような模様を付けられ、前回は前方を警戒していたら今度は後

方からハリセンで思いっきり叩かれた。今回はどこだ、と僕は全方向に注意を向ける。見たところ、非

常階段には人の気配がしないから、後方奇襲策ではなさそうだ。となると前方か。しかし玄関を見ると

靴が普通に並べられており、水鉄砲などを使うこともなさそうだから、前方待機策でもなさそうだ。とな

ると考えられるのは…上か。しかし外からでは死角になっていて、玄関の天井に何が仕掛けてありそ

うかすら皆目見当がつかない。僕は少しでも天井が見えるように低く屈みながら、ゆっくり慎重に一歩

ずつ玄関へ近づいていった。まだ大丈夫、まだ大丈夫。まだ…

「ぷっ、他人ん家の玄関先で一人で何やってんの?はい、今回は放置プレイでしたー」

…この野郎、と殴りかかりたい気持ちだったが、しかし今回に関しては「何もされてない」のだから勝

手な自分の被害妄想という面も否定できず、僕は黙って靴を脱いでリビングへ向かった。

亮介の家はマンションまるごと一階とあって、全ての部屋が基本的に広い。特にリビングは学校の職

員室くらいあるんではないかという程で、初めてきたときにヤスが「うん、この部屋だけで3LDKはある

な」と意味不明な発言をしたくらいだった。僕は低反発クッションだかなんだかの座椅子に座り、横に

荷物を置いた。

「で、会議の続きだろ?どの辺まで話進んでるんだ?」

「いや、俺もいまきたばっかりだからまだ何にも。実はエレベーター乗るときたまたま後ろ振り返ったら

お前のチャリが通り過ぎたから、玄関開けといてやったんだよー。隠れた親切だろ?」

「全っ然いらねーよ。あれ、亮介は?」

「あーなんか自分の部屋行ってる。なんでも会議の資料を持ってくるとか?」

「資料?」

僕がそう言ったのと丁度同じタイミングで、亮介がリビングに戻ってきた。手には見覚えのある、青く

て"胡散臭い"封筒を持っている。亮介の笑顔からすると、たぶん最悪の展開だ。

「あったあった、もう失くしたかと思ったよー。」

僕はあからさまに嫌な表情を作っていたが、構わず亮介は喋り続けた。

「これこれ、これさー二人にも来たでしょ?ちゃんと中身読んだ?面白そうだよねー。ちょうど旅行の話

とかもあったしさ、これならタダで行けるみたいだしいいんじゃないかなと思って。時期的にも今年の夏

休みくらいしかこんな遠出できないし、二人が良ければぜひ参加したいなーって。三人一組って書い

てあるから二人の予定次第なんだけどね。あーでもこういう冒険とか大好きなんだよね。漫画とか小

説とかそういう別の世界にしかないものだと思ってたから、憧れでさぁ」

普段の亮介からは想像できないほどの饒舌っぷりだった。ヤスも呆気にとられているみたいで、口を

ぽかんと開けたまま動かなかった。

「あれ…二人ともどうしたの?あ…こういうの嫌い?子どもっぽい?」

しばらく間があって、ヤスが物凄い笑顔で僕を見た。「決まりだな」と言っている顔だった。

「わかったよ。まぁ暇だし、行ってもいいよ。」

「そうこなくっちゃな智哉クン!」

「ホントに?やったぁ、ありがとうトモくん!」

「ただし、うちは親の許可が要るけどね」

うちの両親はなんと言うだろうか。何も言わない、というのが妥当な線なんだろうが、今回ばかりはは

っきりとダメといってほしい気分だった。

「とにかく、OKもらえたら連絡してよ。それからいろいろ決めよう」

こうしてこの日の会議は異例な早さで終わり、結局僕とヤスは終日グダグダして帰った。

後日、夕食の時間に僕はその話を切り出した。案の定、両親は特に反対することもなく、あっさりと宝

探しの旅の参加が決まったのだった。僕は電話で亮介にその旨を伝えると、「早速登録する、案内な

どが送られてきたらまた連絡する」という返事がかえってきた。その嬉しそうな声からすると、もう後に

は引けそうもない。

僕は部屋のベッドに身を放り出した。もうどうにでもなれ、と半ば自棄になりながら。僕は仰向けのま

ま、宝探しなんて行ったら天井すらない場所で過ごすんだろうなと悲嘆にくれた。旅行と言えば、僕は

温泉でも浸かって、おいしいご飯を食べて、観光名所を巡るようなごく一般的なものを想定していた

し、実際それでよかった。何がヤスや亮介をそこまで惹きつけたのか僕にはまだわからなかった。僕

は今朝のヤスの電話で渋々ゴミ箱から取り出した青い封筒がベッド横の机に放置してままであること

に気づき、中身を取り出した。僕が胡散臭いと思いつつも何とか読んだのは一枚目のパンフレットの

ほうで、二枚目の詳細と応募要綱が書いてあるちゃんとした書類には目すら通していなかった。僕は

悪徳商法や詐欺だったとしたらどんな手口が考えられるか、可能性のある展開を思い浮かべながら

細かい部分まで読んでいった。すると読み始めて間もなく、僕にとって致命傷となりかねない記述に

目が留まった。


【御両親は船内にて御宿泊していただきます。期間中は以下のサービスを御利用いただけます…】


まさかそんなことできるはずがない、と僕は思った。それと同時に、もしかしたら宝探しに行けなくなる

かも、という微かな希望の光が見えた気がした。もっとも、希望と銘打っておきながら、同時に亮介を

裏切ることになるような罪悪感もあった。僕は全力で母親を説得し、それでもダメなら素直に謝る心積

もりでいた。

夕食の片付けを終え、リビングで寛いでいた母親はいつになく親身に考えてくれた。父親は自分の部

屋で持ち帰った仕事に取り掛かっているようだ。仕事モードの父親はそれが終わるまでまず部屋をで

てこないから、僕と母親はどうやったら父親を説得できるか、その殺し文句を探す方向で話を進めた。

どうやら母親自身も最近はまともに旅行に行っていないこともあって、前向きに考えてくれているようだ

った。そうとなれば、僕は最悪の場合旅行社に申し出て、何とか片親でも参加させてもらえないか頼

んでみようかとも考え始めた。

「この期間中、智哉はずっと島に泊まってるんだよね?」

「そうなるね。」

「じゃぁ実際にはあたしとお父さんの二人で過ごすのよね?」

「それで食いつくかな、あの父さんが?」

「あたしからどーしてもってお願いしてみるわよ。」

「ありがとう、頼むよ。」

父親が渋々ながら了解してくれたのは、他でもない母親のお陰だ。母親のほうも嬉しそうにしてくれて

いたから、切り出した僕自身も妙な責任を感じずに済んだ。

数日後。

日中の気温は連日30℃を超えるようになり、いよいよもって真夏の気分になってきた。ミンミンゼミや

らアブラゼミやらの鳴声も元気を増してきたようだ。僕はTシャツや長ズボンでは耐えられなくなり、タ

ンクトップに短パン、サンダルという格好が定着した。それでも外にいると何もしていなくても汗をかく

ので、スポーツタオルを首からかけるのも忘れない。こんなスタイルでいると、この辺りで僕ほど夏を表

現しきっている人間はいないんじゃないかと思うほどだ。この日も僕はそんな格好で、笹川公園へと自

転車を走らせていた。ヤスと亮介に集合がかけられたのだ。何でも宝探しの「訓練」をするためだとか

で、つまるところ、宝探しごっこをしようということらしい。この時期になると、自転車で風をきっているう

ちは涼しくていいのだが、止まると最悪である。その瞬間滝のように汗が噴出し、タンクトップが体に

張り付く。僕はそんなに急いできたつもりもなかったが、公園横に自転車を止めるとすでにびっしょり汗

をかいていた。僕は公園の目の前にあるコンビニに寄ってコーラを買ってから、二人のもとへ向かっ

た。

約束どおり公園のほぼ中央にある広場のベンチに二人はいた。

「遅ぇーから!コーラとか買ってる場合じゃないから!!」

「いや無理。暑いし喉渇くし無理。」

「まーいいや、じゃぁ始めるぞ。」

「ルール説明とかないの?」

「あぁそうだった」

本当に「the せっかち」と言うか何と言うか、際立った個性の人間だなと僕は思った。

「じゃぁ説明するぞ。三人がそれぞれ自分の財布を隠される。一斉に探し始めて、自分のを一番早く見

つけたやつが他の二人にアイスをおごられる。以上。」

以上、じゃないよ。僕は渋々財布を出したが、こんなことをしてもし他の誰かに盗まれでもしたらと思う

と気が気ではなかった。僕はヤスの財布の担当になった。

「よーしみんな持ったな?じゃぁ制限時間5分で隠して、またここに集合!」

そう言い放つやいなや、二人は勢いよく駆け出して行った。

僕が時計を持っていないことに気づくのはもう少し後だ。

結局僕は亮介が隠した財布を10分足らずで見つけた。亮介がどこに隠したのかは知らないが、僕は

公園内の売店で、「落し物」として届けられ店頭に並べられていたそれを見つけたのだ。僕が何かを

探している素振りから、もしかしてと思って店員のおばさんが声をかけてくれたらしい。貴重品な

んだから管理はしっかりしなきゃとも言われた。僕はなぜ猛暑の中こんなことに付き合わされた挙句

に叱られなきゃならないのかとだんだん馬鹿馬鹿しくなってきて、一人でアイスを買って帰ることにし

た。3時間後、僕が部屋でごろごろしていると、半べそ状態のヤスから電話があった。僕に答えを聞く

のが悔しくて亮介と二人でずっと探していたらしい。僕がヤスの自転車のカゴに入れてあるよと教えて

あげると、何も言わず電話が切れ、その後すぐに「覚えてろよ」というメールが来た。

その日以降、宝探しごっこは行われなくなった。
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【2008/05/02 23:53】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
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